Quote Originally Posted by aqua_steve View Post
仰る通りだと思います。
ただ、「AとBとで言っていることが矛盾している」という言い方と、「Bという観点から見てAは間違っている」という言い方とでは意味合いは異なります。
私は、「後者の言い方をした方が議論は進みます」と提言したのです。
個人に焦点を当てて議論をすると、その個人を「言い負かした」時に議論が終了してしまうのです。

このスレッドは、何か結論を目指している訳でも、開発・運営へ要求をしている訳でもありません。
それらのことをするための「下準備」をしていると思うのです。
私なりにこのスレッドの趣旨をまとめますと、「コンテンツの予習をすることの楽しさとはどういうものか、あなたなりに言語化して下さい」ということだと思っています(予習「しないこと」に関しても問うているのですが、論点を明確にするために差し当たり措いておきます)。
その上で、「その楽しさは、トレードオフした(予習しないことの)楽しさに見合ったものですか」と、問いかけているのではないでしょうか。
これは、楽しさの定義が幅広く・明確に出揃うことを目的としているのだと思います。
あるいは、本来あるべき楽しさをプレイヤーが享受できていないとすれば、どういった条件がそこにあるのか(その条件は回避できないのかということも含め)、ということの明確化も目的だと思います(これを疎外論と言います)。
前提となる意見が出揃って(どの意見にどの程度の人が共感しているか確認できて)初めて、「では、システムとして、ゲームデザインとして、どうあるべきか?」という議論が成り立つのです。

ですので、仰る通り「是非」なんてものを議論することに何の意味もありません。
ただ、「相手の言う楽しさが理解できない」という人に対して、単なる人格否定という形ではなく、「こういう楽しさがあるよ」と言い表すことで、議論を平行線の状態から抜け出させることができるのではないでしょうか(こうした状況に限れば、個人を説得するということにも意味はあると思います)。
結果としてその言葉がその人に受け入れられなかったとしても、他の人が見たときに響くかもしれません。
(個人的には、私は予習をしたがらない猫なのですが、#129にある旅行の喩えは、合点のいくものでした)