言語化が難しいけど…表面だけリアルにしても、骨格がアンリアル、すごく、的なことを感じます。
10年前に作られたキャラクリシステムは、頭の形一つとっても、どの種族性別でもどこから見ても何らかの「美」を感じた。人間が人間の造形に感じる美とは比率のことだと絵を描く人は知っていると思う。美しいと感じられる比率が守られていれば美しく見えるのは、デフォルメの強さとは関係ない。今回導入された種族統一ポリゴンモデルは、パラメータを変えるだけで全種族に対応できるそうだが、それぞれの種族で、頭の形、輪郭、顔のパーツの位置や形、全ての比率が「美しさ」を出す所まで磨かれていないのだと思う。なんだか人間の顔立ちや表情を描き分けるほどの実力はない人の絵みたいだ(パーツに個性がないところとか)。だから造形がおかしい、パーツの形が変わる、それを表面を照らしたり陰らせたりして修正しようとしている…ような気がする。一度、2Dのアートチームに3Dモデルを撮ったものを渡して、赤入れしてもらうだけで結構変わるのではないかと思う。
統一モデルは、下あごが頭骨と耳の後ろでつながった別の骨という構造をしてなさそうだし、表情筋が入ってなさそうだ。口の開き方の不自然さにそれを顕著に感じる。
このスレッドでは自分のヒカセンが変わってしまったという話を概ねしているが、そもそも気持ちのまっさらな状態で今のキャラクリシステムを使い、素敵だ!と思えるキャラを作れるのか疑問に思っている。一生ついてまわる人中、どんよりした目元、首から上だけざらめいた肌…いくら風景がきれいでも、装備がいっぱいあっても、キャラに満足してエオルゼアに降り立たなかったら、何も目にすることはない。
目は世界の鏡ではなく心の窓であるべき、というチラシの裏
目に入るハイライトが環境光に依存するようになった。憶測だがこの選択は、フィールドのライティングを強化し、世界の光が美しくなったから、それが映り込む目もきっと美しい、的な発想だったのではないかと考える。だがその結果、ほとんどの状況で目に光のないヒカセンが生まれ(ベンチ1.0)、光を入れるために嘘の光源を仕込むことになった。この時点で「目が環境光を反射する」というコンセプトが破綻しているが、そもそも目は、目を通じて何かを表現しようとするなら、世界の光を反射するだけの「鏡」であってはいけないと思う。
過去のストーリーのカットシーンで、人物の狡さ、獰悪さ、強かさ、あるいは激しい怒りを表現するために、描きこみハイライトがわざと見えなくなるような表情やアングルを選択した場面がいくつもあったはずだ。それらが今どうなってしまったか、フォーラムに寄せられた比較画像を見れば明らかなように、ヒカセンは何も思っていないように見える。「鏡」は自分のことを何も表現できないからだ。
別のゲームを引き合いに出す。DETROIT:Become Humanというゲームは、キャラクターにモーションアクターがいて、すべてのカットシーンで人間の実際の演技をキャプチャーしている。リアリズムを突き詰めたといっていいと思う。キャラクターの顔面の動きさえも、俳優の顔面からキャプチャーしたのだが、瞼の内側だけはそうせず、開発会社が形、動き、ライティングを全て完全にコントロールした。その結果、キャラクターの心の動きは、現実の精神科医の心理分析に堪えるほどのリアルな機微を得た。これが「何かを表現する」ことの真髄だろうと思う。
今の、「世界の鏡」でしかないヒカセンの目が、何かを表現することができるのか、疑問に思う。ヒカセンの目に必要なのは、顔の周りにやけくそめいたライトを置くことではなく、光学的に正しい白目のハイライトではなく、伝えたい感情と目の表現を紐づけるようなアルゴリズムだと思う。
もう種族は増やさないのはいい、けど顔のパーツを増やすことには後ろ向きで、アプデでパーツの個性もなくなっていて、この先どう10年戦うんでしょう。もう一度、「萌え絵ではないファンタジー世界なイラストが3Dになって立ち上がった」ような世界に立ち返るために、各種族コンセプトアートから起こし直してみてもらいたいが…。


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