ミラージュプリズム自体、実際の装備の組み合わせが気に入らない、嫌だ、という気持ちから出来たものである以上、特定の見た目を見ない自由も合わせてあるべきだと思っています。どういう仕組みにするとかそういうのは置いておいて。

そしてそれは、エオルゼアという世界においては「見ない自由」は存在せず、「好きな恰好」だけが存在し、各々のモニター越しでは「見ない自由」で後者をケアすることでお互いが気持ちよく過ごせると考えています。奇抜な恰好は特に気にしないよって人にはフィルターの無いそのままのエオルゼアを見ることになりますし、この格好は見たくないって人には自分のモニターにだけ何かしらのフィルターがかかる状態にするわけです。

アバターの格好は見たくない嫌だという人にまで見せるのが表現である、というのはハラスメントと何ら変わらない構造だと思うのですがどうでしょうか。少なくとも嫌だという人にわざわざ見せつける表現って何でしょうか。

自分のアイデンティティたる変わった格好が、人によっては表示されなくなる、ということがそんなにいけないことでしょうか。己のアイデンティティを全世界に知らしめたい、嫌でも見ろ、というのはどうにも暴力的に感じます。人によっては自分の格好が拒否されているという事を承知のうえでその格好はするべきだし、万人に受ける「奇抜な恰好」ってなかなかないと思います。

そして、「そういうのがMMO」だから、というのは「嫌な恰好があってもそういうことだから諦めろ」ってことですが、ずっとその方向性で進めていくと、今後も同じような問題と議論が起こるわけで、この2つの主張をうまく共存させることはできないのか?というのが先の投稿です。

運営が準備した装備群であるからそれらは問題ない装備だといっても、それらを見るのはプレイヤーです。判断するのは個々のプレイヤーであって、開発が実装したものだからどんな組み合わせでも我慢しろってのも違うんじゃないのかな、と感じます。

あと、爬虫類が嫌いな人は~とか平和主義者は~とかそこまで拡大解釈されても困ります、としか。あくまでプレイヤーの見た目に限った話です。見た目の制限をするとなんで敵のグラフィックにまで言及されるのか。それこそ、そんな主張をする人が間違った解釈をしてるだけかと。
あと、なんかヒカセンが人を殺しているのはどうなのとか、それここのスレッドの話題ですか?服装のみを現実と引き合いに出すのは先に投稿した通り、中の人が現実世界の人だから判断基準が現実世界になるのは容易に想像できることです。
当たり前の話ですけど、全てを現実準拠でやってしまうと途方もなく複雑になります。ただ、服装に限っては、感覚・感性の部分が大きく、一目見て嫌悪の対象となる可能性が高いものです。だから、見た目に限っての議論なんです。

もちろん、今すぐ制限を!とか絶対にやってください!とかは思ってませんし、正直実現は難しいだろうとは思っています。ただ、ずっと「見た目の表現は自由で保護されるべき」といった意見ばかりで、それを拒否したい立場の人はどうなるんだ、という気持ちがあったため双方が共存できる仕組みがあればと思い意見しています。

「嫌なら見なきゃいいじゃん」をもう少し踏み込んで、「嫌なものを回避せずに対応するには」という方向にできないものかなあと思った次第です。そもそも嫌だなんだと言っても同じ世界、逃げ続けてもどこかでまた遭遇する可能性がある世界です。そんなときのために対処法があればいいのではないか、という話です。