英雄という肩書を捨てて冒険者に戻るというのがストーリー上での存在意義を抹消したモブキャラになるという
四半世紀前のFF11や14年前の旧14の1.0のようなものだと信じ、それが良いと思ってシナリオを書かれたのであれば
プレイヤーが何を求めているのかを本気で考え直して頂きたいという風に思います。
不評の西部劇編で焚火にう〇こ入れた瞬間がまだ冒険者として一番輝いていた。
英雄という肩書を捨てて冒険者に戻るというのがストーリー上での存在意義を抹消したモブキャラになるという
四半世紀前のFF11や14年前の旧14の1.0のようなものだと信じ、それが良いと思ってシナリオを書かれたのであれば
プレイヤーが何を求めているのかを本気で考え直して頂きたいという風に思います。
不評の西部劇編で焚火にう〇こ入れた瞬間がまだ冒険者として一番輝いていた。


まぁ実際やってるのは大量虐殺だけど、ヒカセンはボケーっとウクラマト達の後くっついて虐殺を見てただけで実行犯ではないし気楽なもんだよね。
あれ?それって共犯っていうんじゃ・・・。
ヒカセンが脇役でも全然構わないんですけど、話の展開とか台詞回しは丁寧に作って欲しかった
漆黒や暁月の言葉の美しさとか、章と章の繋がりのなめらかさとか、そういった所の丁寧さがまるっきり無くなってるのがキツかったです
Player
1つの鏡像世界の1文明のある所からの死者の記憶記録全部消すとか何千万何億の記憶を消す事になるのか…とか考えたら例え責任が1/10になろうと全く気楽とは思えませんね……というか直接手を下したわけではないから罪悪感を減らして良いのか?ってすら思います。
あと正直観光してる場合か?ってのはすごく思ってたので。アーモロートみたいにエメトセルクが古代人の事分からせようとしてたみたいに永久人の幸せな暮らし見せて決意を揺らがせようみたいな策略を受けたのならともかく。それに合わせてこれから殺す人々を少しでも刻みつけようなんて状況は気楽と言うかむしろ悲壮感すら私は感じましたね。
あとソリューションナインや列車爆弾作る時も同じこと感じたんですがこんな切羽詰まった状況で長閑な空気出してる場合じゃないだろうって凄い思いましたね。せめてソリューションナイン気楽に観光するならゾラージャ倒した後にするべきだろうと。列車爆弾作る時なんて空に軍艦浮かんでるはずなのに全く描写されずに平和な空気演出したりしてましたし。
もうここまで来るとこんな気楽に観光とかやってる場合か後にしろよ後に!とかプレイ中ずっと思ってましたよ。


紅蓮の時もそうだったのですが、為政者候補の描写がちょっとお粗末なんです。
リセもそうでしたが、ウクラマトも「平和!」「民が大好き!」という所を声高に叫ぶのですが、あくまでそれは目的であって手段ではないです。
2人の兄は「国を良くする」という目的の為に、「戦争を起こし悲惨を思い知ることで平和の道を」「国外で学んだ技術を活用して技術革命を」という手段があるわけです。
それに対してウクラマトは具体的な手段もないまま「民が大好き!私が守るよ!」という、良く言えばおとぎ話な、悪く言えば頭お花畑な理論で進んでいっているために薄っぺらさを感じてしまう。
(一応言っておきますが、ウクラマト自体は嫌いではない、というか友人・仲間として良い人ですね。ただ王として上に持ちたくはないってことです。)
そんなウクラマトの描写として必要なのは、成長の描写であるべきなのですが・・・
・ウクラマトのコンプレックスとして「武ではグルージャに敵わず、知ではコーナに敵わない。オヤジの何を引き継げるのか」というものがある。
・旅を進めて、各部族の思い・歴史を知る中で「私は武でも知でもなく、オヤジの平和を愛する心を引き継ぐんだ」と思い至る。 →成長のきっかけ
・旅を終えて「武王ウクラマト」として戴冠する。 →あれ?武を引き継ぐの?
・外敵からの襲撃に対して、「理王コーナ」がラザハンと同盟して対処する →他国と手を携えることこそ、他者とも心を通わせる事を目標としたウクラマトのやるべきことでは?
・暴走したゾラージャに対して「武王として私はゾラージャを越えないといけない」 →目標が武王になってしまっている・・・
どうしてこうなった。ゾラージャと戦うにしても、心の通わぬ機械兵とゾラージャ1人vs旅の中で心通わせた仲間・国民と共にいるウクラマトのような描写の仕方もあったはずなのに。
ウクラマトをどのように成長させたいのか、どのような王にしたいのかブレてしまっている気がします。(最後まで目的に対する手段が固まっていないせいかとも思います)
一方、スフェーンについては、あえて「頭お花畑な為政者」がそのまま国を運営するとどうなるか、を描写したのかなあとも思いました。
これはワザとやってるんだとは思いますが、最終マップの描写がきれいな記録、優しい人たち一辺倒だったのは気にかかりました。
終末の無い世界であり、その記録が美しく、住む人も優しいこと自体は問題ありませんが、反面その世界は奪ったエーテル(魂)によって運営されるものです。
きれいな描写・優しい人々はそのままに、その世界がどういう犠牲のもとに運営されているかという醜悪さを描写しても良かったのではないかと思います。
例えば、作中で描写されていた味のしないポップコーンやアイスは下層から送られてきたエーテルを原料としている(=優しい人々の食料は誰かのエーテル)ような描写があっても良かったかと思います。
色々、不満をあげてしまいましたが、新しい国家・文化に触れること自体は楽しく、黄金の舞台となる世界自体は非常に楽しませてもらいました。
楽しませてもらった分、ストーリーのキモとなる部分が鼻についてしまったという感じです。
部分的な次元圧壊や秘石の謎、プリザベーションの暗躍と新しいシリーズに向けての布石はしっかり打たれている印象です。今後のストーリーにも期待しています。
「気楽」という一語にとらわれている感じがするので文脈を読んでほしいです。
今回の旅を総じて、過去の拡張と比べての話ですからね?
観光パートについては前提としてラマチの相手のことを知りたいって意向があり、
状況としてもゾラージャがしびれをきらすまで、メインターミナルの計算が終わるまで猶予があると説明されていたので特に違和感なかったですね~
変に焦っても良いことないですし、ああいう時に自然体で振る舞えるのもひとつの強さじゃないでしょうか。
爆弾列車が完成して車庫から顔を出したときは「ちょっ、上空に敵いるのにバレるバレる!」と正直焦りましたが。
流石に宇宙のとんでもない数の星々の命運を賭けた暁月のラストバトルには劣りますが自分としては黄金のレガシーの状況の切迫度は他の拡張に勝るとも劣らないと認識していたので、文脈を読んだ上で私と貴方では認識の差がとても大きいのだと思われます。他の拡張と比べても黄金の話はそこまで気楽とは思えませんでした。
まず序盤の4人の王位継承権を持つ者の内バクージャジャはもう最初から他種族を劣等種として見下していてこの時点で赤信号。ゾラージャは戦い続けて平和にするとか言わば帝国と似たような事をしようとしていて、しかも無邪気に商機が増えるとか領地が増えて豊かになるとかいう侵略戦争をただのチャンスだとしか思ってない民衆が多々支持者に居た事でこちらはそれ以上の超警戒対象。
それが無茶苦茶広いトラル大陸の統一国家の王に選ばれるかもの時点で第二の帝国が生まれかねない政治的にはとてつもない危険な事態が進行中だと思いました。例えメタ的にウクラマトが十中八九勝つとしても。それで誰も成長しなかったら王位は誰にも継がせねえとかそれやったら絶対二人ほど暴発するだろうなとか寿命大丈夫かとか思わせられる決意を二人きりで王様から聞かせられましたし。
後半は言わずもがな。鏡像世界由来であろう明らかにエオルゼアよりも高い技術力持った軍勢が民間人まで虐殺しながら侵略に乗り出す寸前でしたし、それが終わったら今度は鏡像世界のエーテル全部喰らい尽くして自滅するまで止まらないような文明の相手と……気楽でいれたのとか西部劇やってる時だけでしたね自分は。
いやあそこも王都からこんなに近いのに自警団に頼らなけりゃならないほどヤバいの!?とかそっちの面で心配になりましたけど
6.0からここ2年半程度目を瞑っていましたが、
ここ数年、いくら何でもコミュニティの優しさに甘えすぎてないですか...?
シナリオライターの育成所ではないですし、月額やパッケージ代を払ったプレイヤーにつまらないと感じさせるのが
新しい10年の第一歩で本当にいいのか甚だ疑問です。
ウクラマトの手段の明確なビジョンのない精神論にはほんと王にさせたくなかったなあ。ラハに嫌なら帰ってきてもいいと言われてもやってきたら逃げられないシナリオ…
あといつでもどこでもウクラマトがべったりでうんざりしました。このスレでも評判あまり良くない荒野ですが、自分はウクラマトと別れてやっと自分の冒険できる!と喜んでたのにすぐ合流。
このキャラを好きになって(ゲーム中の言葉で言うなら「知って」ね)と押し付けが強すぎたと思います。
いっそ王位継いだあとは国政に励んでくれて後方支援だったら、前半のウクラマトのために用意された(ように感じる)王位継承編もあの時に比べたら今は頑張ってくれてるな…といい思い出になった「かも」しれません。
あとカフキワについて
好きな人にはごめんなさい
この人が個人的には本当に共感できませんでした。
自分を消してとくれいう願いに他の永久人を勝手に巻き込んでるのがほんと無理です。
他の永久人は消えたいなんて言っていないのに無理心中と変わらないですよ…大層な思想・考えは自由ですが、その他大勢を消していいという決断を勝手に一個人が決めるのなら「ターミナルがあるせいでスフェーンを止められない」などのその次の大義(皮肉)のために苦渋の決断という形か「国民はスフェーンを止めたい」などとしたよかったと思いました。
ターミナルを落とす理由が「自分(カフワキ)が嫌だから他もそうに違いない」なのに他の永久人は世界の構造も知らず世界に飽きてるそぶりすらなかったいい人達だったのも辛かったです。
「他国の民」と認識されてる存在を大量消去をするなら、スフェーンを間違っていると断じるより自分も相手にとって悪だとしっかり噛み締めながら消したかったな…
日本語は私の第一言語ではないので、読みにくい部分がありましたら大目に見てください。
今回のシナリオはところどころ整合性が足りていないと感じます、違和感を感じた箇所は皆さんが書いた通りなので一個だけ。魂のエーテルを星海に帰さずリサイクル資源として運用するとエーテルバランスが崩れ、新しく生まれる生命がどんどん減るでは?と疑念したが、星海まで旅しに行った暁の面々はそれに気づかないはずがないし、そこれついで誰も全く言及しないのは気がかりです。そもそも生者のエーテルで死人を養うシステムは根本的欠陥してる、機械が記憶のコピーを一部再現してるだけなのにまるで本人のように扱われてる、それを「文化の違い〜」でなぜか受け入れられて、プレイ中ずっとモヤモヤしてました。これからのパッチでこの辺の話に触れるといいですが…
Last edited by Aria_K; 07-05-2024 at 09:37 PM.
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