多様性を求めていながら、実は多様性を求めておらず、同一の価値観を他者にも求める、というのは大きな話をすると人類史の命題みたいなものかもしれませんね。
異なる意見の封じ込めを行った政治家の多くは、当初は多様性を訴えかけて民衆の支持を受けた、というのはよくある話で・・・。
もっとも自分の価値観を浸透させたい、同志を増やしたい、との思いからの行動・活動は非難されるべきものではなく、そういう旗振り役が居ないとそもそも新しい遊び方が定着もしないんですよね。
結局はどんな価値観であれ、他者に受け入れられるには、考え方そのものの是非ではなく、言い方・やり方の問題なんだと思います。
