リリラ嬢のようにお忍びならありだと思います
が、コーナは理王で出てきているし簡単に命をかけすぎ
ロネークに命をかける根拠がほぼ感じられませんでした 先に両親の話があれば説得力が上がってたかと
ヅルヘイゾヒリのせいで両親が亡くなり、自分が一人になったことを逃げ遅れたロネークに重ねて体が勝手に動いてしまった と解釈できたのに
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7.1のコーナとグルージャは対比になっていて、もちろんそれは狙ってそうしているのだと思いますが、何というか、、、上手くそこも構成出来ていなかったと感じます。
ざっくり書きますが例えば、
葬儀のあとすぐに母親探しではなく、グルージャの気持ちを整理する為に保留。
鉄道とコーナの話をグルージャも一緒に体験する。
コーナの話を聞いたグルージャはもしかしたら自分も!と期待をもち、一緒に母親を探そうと自発的に協力を頼む。
調べるとなにやら、実験施設に両親が出入りしていた事が発覚する。
ここでアルフィノもしくはアリゼーが、『この先知る事が、君にとって辛い事実かもしれない。それでも行くのかい?』と覚悟を確認する。
それでも確かめたい!グルージャも決意を示す。
(あくまで素人の自分好みですが)こんな感じで、コーナの話を上手くフックにつかって、グルージャというキャラクターを動かす事が出来ると、より感情移入出来て良かったのかなと思います。
以下完全に余談
アルフィノ、アリゼーのセリフを入れたのは、ガレマルドでの事があったからです。
私は7.0での『知る事が大事』というテーマがある種の全能感というか、良い面しか描かれていないのが怖いなと感じていました。しかし現実は相手を知る、知ろうとする事が、かえって亀裂をうんだり、最悪は恐怖や絶望感を与えたりする事があります。
辛い体験をした彼らだからこそ、フォロー出来る事もあるし、それが彼らを同行させる意味だと思います。
ロネークのあれはあれですが、
メインキャラがいちいち護衛を付けてたら、それだけで話の進みが鈍くなるので、現状でよいと思います、というのが引用の話です。
水晶公もアルフィノだけを連れてユールモアに行ってましたし、コルシア島でも一人でふらっと休憩しに行きました。何ならランジートとひとりで対峙もしました。
スフェーンもひとりで街中を歩き回っていますし、ストーリーとしては仰々しい護衛がいないほうが良いキャラもいると、わたしは思います。
もちろん、時にはストーリー的に護衛がいたほうが威厳を感じてキャラに合っている場合もありますが、
トライヨラの場合は「そういうお国柄」だと思ってるので、護衛付けずに動いても不自然さはないと感じてます。
ロネークのは、あれはあそこまで肩入れするストーリーが作れてなかったのが残念でしたね。
クエスト的にそこまでもっていくのが難しければ、ロネークを家族とするヘイザの人が、ロネークと一緒に危険に晒されていたら良かったかなと思います。
水晶公がアルフィノとユールモアに行ったエピソードが思い出せないのですが、いつの話でしょうか。
私の記憶とネットの検索を使っても水晶公がユールモアに現れたのは幻影として一人で表れた時だけだと思いますが…
あと、水晶公は「国王」では無く、クリスタリウムも「国家」と言うよりも「共同体」と言うニュアンスが強いし、水晶公も切り札を大量に隠し百年以上を生きる魔人なので普通の青年であるコーナとは比較出来ないと思います。
ランジードと対比している際にも切り札使って皆を助ける為ですし、周りにはクリスタリウムの軍隊も居た訳で草原の中で一人魔獣に立ちはだかっている訳では無く比較は難しいと思います。
水晶公の場合は本人が居なくなってもクリスタリウムが存続出来るようにリーダーを育てたりしているので「跡継ぎがいる老練な為政者」と「継いだばかりに若輩者」は比べられないと思います。
少なくともトライヨラはクリスタリウムの様な一都市では無く、大陸を滑る国家であり軍隊も持っている訳で、コーナの様な武勇にも魔術にも長けた訳でも無い一般に近い人が一人でウロウロするを奇異に感じるのは至って自然だと思います。
この辺は議論をしてもすりあわなさそうなところですね。
わたしはシンプルに、FF14はフィクションの娯楽ファンタジーなストーリーなので、国王が護衛を付けずに行動するのも「そういう国なのね」というだけで、全然違和感ないということです。
なにせ、王女が護衛を付けずに国外、オールド・シャーレアンに行っても大事にならない国ですし。
アルフィノとユールモアに行ったエピソードはその通りです。ヴァウスリーが、ユールモアとクリスタリウムとの軍事衝突について呼びつけた一件です。
塔から離れると調子が悪いから、調査がてら補佐を頼むとアルフィノに頼んでついて行ってもらいました。合ってます。
水晶公は、王ではなくても事実上のトップです。国王はだめで国王でないならよい、という線引きもないでしょうから、わたしの中では比較できる対象です。
街の代表が軍事衝突の件で街の代表がそのような場に行くのですから、細かなリアルさを求めるのなら、ヴァウスリーの前には一人だとしても、扉の外で護衛も待機、でしょうね。
あと、コーナはヴァリガルマンだともグルージャジャの幻影ともウクラマトと一緒に戦って勝っているので、実力はウクラマトが上だとしても、武勇伝としてはイーブンという気もします。
蛇足ですが、暁月で第一世界を訪れたとき、ライナが「次のクリスタリウムの代表をどうするかという問題は、目下、頭の痛い悩みではありますが、
行政は引き続き自治組織「セツルメント」が担いつつ、外交その他の方針は、市民から選ばれた議員たちが合議で決めていく……というのが、今のところ有力です。」
と語っています。国を称してはいませんでしたが、あそこは紛れもなく、水晶公が政治のトップとして機能していた小さな国だったんだろうな。
話のきっかけになったので自分の考えの補足。
新アレクサンドリアの攻撃によって前王グルージャジャが討たれ国民にも死者が出た後なので、新しい連王として武力と理力を示す必要がある。
なので護衛を付けない、付けられないんじゃないかなと思ってます。
特にそういう描写も無いので、連王2人共グルージャジャならこうした、くらいの考えで動いてるかもしれない。
どちらにせよグルージャジャの存在が大き過ぎるので、
何かの拍子に主人公達が他の国や都市とその指導者についてウクラマト達と話て、トライヨラと王になった自分達はどうしていくのか…
みたいな描写が欲しかったということを言いたかった。
7.1のストーリーを消化して
コーナが命をかけてロネークを救うシーンにモヤモヤしたあとに
たまたま続けてプレイした他のゲームで
王が命をかけて〇〇をする!というシーンで周りが
「王が自分の命を軽々しく扱うのは無責任だからやめなさい」とたしなめていて
「これ!!」となったのですが
あそこはウクラマトと
「熱い兄さんも好きだが、もう理王なんだから軽々しく自分の命をなげださないでくれよ」
「心配かけてすまなかったラマチ……体が自然と動いてしまっていたんだ、今後は気を付けるよ」
とか会話をはさむだけで
見た目に反して熱血なコーナと、兄と国を思うウクラマト
そんな感じで2人を少し掘り下げられたと思うんですよね。
黄金全体に言えるんですが
一言なにかフォローがあるだけでとてもいいシーンになるのに
そこ何もないの!?ってことが多すぎて…
あえてごちゃごちゃ語らない手法もあるとは思いますが
僕としてはちょっと足りない感がずっとあります。
あとこれは黄金以前から結構あるんですけど
誰かのピンチや危機に棒立ちで見てるヒカセンはほんとやめて欲しい
せめて駆けつけようとしたけど、間に合わなかった…そんな描写を入れてくれませんか。
まずストーリーの内容以外で1つ、序盤の玉座の前で葬儀に行くかの打合せシーンで
セリフの読むタイミングで画面をころころ動かしたんですが、吹き出しに目線が行ってるので最初見逃しました。
その後は動きを見てからセリフを読むのですごくテンポが悪かった。(TV画面なので特に見にくかったのかもですが)
ボイス付きで無い画面を頻繁に動かすのは良くないと思います。
ストーリーについてはネガティブな内容だから書くか迷ったけど思うことも多かったので。
7.0、7.1を通して物語の展開の為に都合良く話が進んだり、登場人物が動いていて違和感を多かったと感じます。
今回のコーナ周りの話も出自や孤児になった話の回収をしたかったのでしょうが、上記の様に感じる内容でした。
都合良く話が纏まる以外にも、理性を捨てた理王様が無敵の肉体でロネークの盾になりメガネが割れるだけというのはギャグ世界なのでしょうか?
と違和感以上に不安になる内容でした。
グルージャ出生の話も都合の良い突然の有能な子供展開に、ID中に無かった遺体を探索パートで盛っておいてそこに触れないのはどうかと…。
母親も性格は置いといて、ゾラ―ジャのトラウマを刺激しただけで終わってしまって…、、理由を追及するぐらいまで使えたのでは?
葬儀については、その前提となるスフェーンの死に関わる部分が住民にどう扱われているかが全く触れられていないので、
ウクラマトがどの面下げて?ゾラ―ジャの子グルージャへの認識は?って状態なのだがここまでくると葬儀自体が
終盤の展開に違和感を持たせる為の都合なのだろうから深く考えたらダメなのだろう…。
今更色々説明不足を解消しようとしても後の祭りなのは7.1で感じたのでこの先どう纏まるのか…。
ただ1つ、スフェーンにウクラマトを感謝させてめでたしめでたし展開だけは止めて頂きたい!
(さすがに奪った物が大きいすぎるでしょう)
ストーリー体験として暁月以前とはストーリーの重さに関係なく余りにも悪くなった。
内容も勿論だがこの状態で良しとした事が、これまで14開発チームとは思えなくて残念。
メインストーリーが楽しみだった自分としては正直この先への期待は出来なくなった。
私もプレイした時は「理王が最前線にでたりで身を挺して動物守るのどうなの?」と思いましたが、しばらくして「トライヨラ連王国では仕方ないのかも」と思うようになりました。
トライヨラ連王国はグルージャジャと言う傑出した個人が数名の仲間と共にヴァリガルマンダを封印しロスガル族とマムージャ族の紛争を止め各部族をまとめ上げて建国されて80年経った国なので国民にとっても次期王位継承者にとっても
「王とは最強の戦力であり、国難があれば最前線で武と理で解決する存在」
だったのではないかと。
ゾラージャが首都の制空権取ったのに王宮に単身乗り込んでグルージャジャと一騎打ちしたり、ウクラマトが自ら爆弾列車に乗り込んでゾラージャと直接対決しに行ったり、コーナが身を挺してロネークを救おうとしたりしたのも、グルージャジャしか知らない彼/彼女らからすると
「王ってそういう物だろ?」
という感覚なのかもしれません。
そういう訳で今後は武王・理王が他国との外交などを通じて「王は必ずしもそういう存在ではない」と学ぶ機会があると良いのかな、と思いました。
とはいえ国交を結んだラザハンもヴリトラが真の太守と公表してからは太守=最強戦力で今回もヴリトラがトラルまでやって来て最前線で戦っちゃってましたが。
7.1まで終えています。
グラアプデや、ID・討滅戦の戦闘はとても楽しみました。
ですが、7.0〜7.1のストーリーは正直かなり酷いと感じました。はっきり言って雑です。
今後もこのような物語が続くのであれば、ストーリーには期待ができません。
過去のコンテンツを巡ったり、他の楽しみを見出す努力をするでしょう。
しかしそれでも、これまで素晴らしい体験をもたらしたこのゲームにはそうあって欲しくないと強く思います。
今後の改善を願うに当たり、7.0〜7.1で感じた最も大きな問題点は以下の2点です。
①ゾラージャとバグージャジャについて
②リビングメモリーについて
(全てあくまで個人の、主観の感想です。ご不快に感じる方はご容赦を。)
-----①ゾラージャとバグージャジャ-----
この2人の扱いは相当に酷いと感じます。
あの2人が悪役なのは、出てきてすぐに想像がつく事です。だから継承戦中の彼らの描写のほぼ全てをそれに費やす意味は無い。
大事なのは、そこに彼らのどんな思いがあったか。
どんな過去があり、どうしてその考えに至ったのか、です。
そしてそれは”決して”見る側の想像に委ねてはいけない。
例えば、1人の犯罪者に対して「ああいうことをする人は、だいたい家庭環境が悪いから可哀想な人なんだ」
そう”決めつける”ことは、その人の尊厳を踏み躙る事です。
だから、知らなくてはならない。
彼らが物語に関わる人物であるならば、描写しなくてはならない。
なのに、7.0ではそうした描写が極めて少ない。
(ここでは省きますが、他のいろんなキャラについても全く同様です。)
いくらでも掘り下げられる機会があるのに表面上の悪役としての描写だけがやたらと冗長に続いて行くのは、不快でした。
7.1までやっても
結局ゾラージャはコンプレックスを拗らせた小物という印象は変わりませんでした。
彼の所業に比する充分な説得力のある理由を知れなかったからです。
あっさりと物語が終わったのを見て「結局それ以上のことも考えられておらず、批判を受けてさっさと彼についての話を畳んだのだろうな」と”邪推”してしまいました。
バグージャジャは、新連載の1話目によくいる主人公に負けて仲間になるキャラ。
出生に恐ろしい闇を背負っていたのであれば、表面上の軽薄浅慮な態度に隠されたその思いを描写しなければならないのに、それも無い。
ただただ7.0終盤以降コロッと人が変わり、仲間になったらそれまで犯してきた悪行についてはなんのお咎めも無し。
彼らの尊厳を踏み躙っている、酷く稚拙なシナリオ展開だと感じました。
-----②リビングメモリー-----
新生〜暁月を含めてもトップクラスの、極上の舞台設定です。
そこで紡がれた物語も、良いものでした。7.0の中では1番好きなパートです。
そしてだからこそ、1番悔しく思ったパートでもあります。
結論、「なぜリビングメモリーについてもっとじっくり描写しないのか!」という事。
「そこで暮らす人々」
「カフキワとエレンヴィル」
「クルルちゃんとご両親」
「ウクラマトとナミーカ」
「スフェーンとオーティス」
これらの話を同時並行でバタバタと進めるのではなく
あそこでしばらく活動をし、それぞれについてもっと詳しく知れればシャットダウンという結末にもっともっと重みを持たせられたのに。
そうすれば、比肩するもののない最高のシナリオになっただろうに、なんて勿体無いことを……‼︎と本当に、本当にがっかりしました。
追加パッチの全てを費やすに値すると思います。
膨らませ方次第では8.0を全てリビングメモリーでやっても良かったのではとすら思いました。
しかしそれはもうできない事なのでしょう。
シャットダウンという結末が既に齎されましたから。
今はその残滓をサブクエストで味わうだけです。
残念でなりません。
感想といっていいものか気になりましたが…。
拡張ごとに追加内容のパッケージ化をしている影響で、変に自縄自縛していませんか?と気になりました。
・フィールドは6マップ+メインタウン、サブタウンの8マップを作る
・X.0のメインストーリーでは、すべてのマップを開放し、全ての拠点を周ることでフライングマウントもできるようになる
そのような前提の上でのストーリーで、場面転換を必要とするような箇所は、無理やり1マップ上に2マップを擬似的に表現しているようにみえます。(コザマルカ、オルコパチャ)
そのため、X.Yのマイナーパッチは既存のマップのどっかに行く話になってしまう等となり盛り上がりはストーリーの内容のみで確保しなければならず、新しい場所にいく、ということの楽しみは拡張X.0のみのものとなってしまっているような。
(ちょっとしたインスタンスはあるけど)
拡張途中で新マップを出すなど、無理にパッケージしなくても良いのではないか、と思いました
(モブが減るとかマップ毎のプレイヤー数が圧迫されるとか、現行の開発体制の問題とか色々とあるんだろうけども)
この度メインクエストをやっとのことクリアできたので感想を書きに来ました。
漆黒、暁月のストーリーが個人的にはすごく良い出来であり、黄金に関しては、元より、改めて冒険者が再出発する為の序章の物語というような位置づけであることを理解しながら挑んだ為、前半ののんびりした空気など、人によってはお使いとまたしても揶揄されるような感じになっているようですが、個人的には全然気にならず、普通に楽しめました。
ただし、私が思うのは、”つまらないストーリー”と”雑なストーリー”は同じモノでは無いという事です。
しっかり”丁寧に”描写してくれるストーリーなら、全然イイと思うのですけれど、作中、メインストーリーを進めているうちに感じるのは、あまりにも唐突な展開と、説明が物足りず雑だな…と思わず思ってしまうようなお話が多すぎるという事です。
特にマムージャ族関連の話は終始てきとうですよね。
彼らが双頭の教えという邪悪な因習に縋ってまで手に入れようとした豊かな大地。けれど、彼らがそれを手に入れようとする動機が、特産品が無いだの、他の種族と顔を合わせるのが怖いだの、はっきり言って浅い。浅すぎる。いつだって解決出来そうな問題なのに、あそこまでひねくれてるにも関わらず、自分たちは弱いからみたいな思想だけで、こんな因習を80年もの間続けるには理由として浅すぎると思いました。実際、大半のマムージャ達が森を離れて暮らしてるという事実が、それらをもっと浅い理由にしている原因だと思います。残ってる人たちはただわがままが拗れただけじゃないですか。
しかも、森から出してくれず、自身の種族を優遇しようとしないグルージャジャ王を恨んでるとかでもなく、むしろ双頭として敬っているところにも違和感があるし、とにかくこのあたりの展開はチグハグな印象を受けるんですよね。
バグージャジャとかもおかしいですよね。改心するのが早すぎるし、死んでいった双頭の兄弟達の為という、自分なりの熱い気持ちで王を目指していた事が突然語られますけど、それ以前に、そうした気持ちをなんとなく察せるような描写が全然無いので、いきなりあんな風に改心されてもこっちからしたら「え!?」となるじゃないですか。いつもみたいに、一方その頃…と別場面で写してくれたりしてもいいのに。そういうのも無いし。
こういう部分が説明不足であり、個人的につまらないストーリーというより”雑”なストーリーだと思える要因です。
ゾラージャとかもそうですよ。悪役としては申し分ないですけど、いろいろ裏がありそうで無いじゃないですか。なぜあんな風に歪んでしまったのか。期待が重すぎたからみたいな事がなんとなく語られますけど、ウクラマトみたいな純粋な妹が居て、あんな優しすぎる家族に囲まれて暮らしていたにも関わらず、あそこまでひねくれるか?と。ずっと奇跡にこだわってるのも、自分が期待に答えるためだったんですか?期待に答えたいわりには、全然真逆の事をしているのがよくわからない。そして、戦争して平和の意味を知らせるとずっと主張していたけど、なぜその考えに至ったのか。何もかも説明不足のままかなと思います。
ちゃっかり子供も作っているし。しかも、誰と!?という感じ。グルージャの登場も本当に唐突ですよね。
面白くないストーリーは受け入れても、雑で整合性の取れてないストーリーは本当に嫌です。
あと、ウケブのギャグパートもよくわかりません。別に普通のキャラで良いと思うのですけど、無理やりキャラ付けした結果、すごい寒いギャグを担当させられてるかわいそうなキャラに見えます。博識で挨拶に厳しいキャラなのに、そんな性格と全然合わない意味不明なギャグをしてくる為、ストーリーのノイズになりました。ギャグパートは正直事件屋クエストで十分だと思います。
ずっと一緒に行動してきたキャラが時折見せる意外な一面、みたいな感じでギャグパートがちょっと挟まれるのは良いんですけど(ゼロのいつの間にか辛いものにハマってる描写など…ヤ・シュトラの詠唱みたいなのはちょっと過剰なイメージですがまだ受け入れられる。)全く知りもしないキャラが突然出会い頭にはっちゃけたギャグをしてきても困惑します。特にメインストーリーでは。
後半ストーリーに関してですが、感動できる部分もあったりで、前半よりは良いなと思ったのですけど、やっぱりグルージャの存在がちょっと浮いてますよね。信頼した人としか話さないと言いつつ、すぐ打ち解けるし。前提の話と噛み合ってないじゃないですか。グルージャ自体は可愛いので好きです。なのでもっと深堀りしてほしかった。
一番気になったのは、申し訳程度に混ぜられたFF9要素です。
FF9の世界観とあまりにもかけ離れているし、私はどちらかと言うと、死者を題材にしたこの内容はFF10ぽさを感じました。発達した機械文明、永久人という他者を犠牲にして生き長らえる存在。FF10では機械文明の発達がありますし、シンはエボンジュが繁栄したザナルカンドを保存して召喚し続ける為に鎧として存在している機能じゃないですか。夢のザナルカンドなんてまんま今回の世界観に当てはまると思いますし、シンはそうしたザナルカンドを守る為に手を出す人々を殺し続けてる災厄なわけで。あと、永久人同士で運命の再開をするというのも、FF10において、異界に赴く人々を彷彿とさせます。まぁ、あっちでは会話出来ないですけど、永久人自体が話せるだけで、異界における幻影と似てるような気がしますし。10は召喚も重要ですからね。死者が現実世界に出張ってきたりもしてますし。
だからこそ、殆ど今回のお話と親和性が感じられないFF9が出てきた事に違和感というか…というより、私はFF9が10の次に好きなFFだったのでがっかりした…というのが素直な感想です。
昔から思っていたのですが、運営さん、後半のナンバリングになるほど、作品の扱いを雑にしてないですか?というより、FF3辺りがすごい優遇されてるような気がするといえば良いのか…
FF9を題材として扱うなら、キャラクターの生き方や命の存在する意義、儚さ、召喚獣、霧、原点回帰したファンタジー要素などなど、IDのボスにでもFF9特有のボスキャラは沢山いるので、そういう要素を出してほしかったと思います。今回テーマに関してはそういうのがなかったとは思いませんが、それを鑑みても全体的に10の方があってる気がしました。
地名とか用語がちょびっと申し訳程度に出てきたくらいで、フィールドもFF9意識を感じられるのですがズレてるし。作りはキングダムハーツのトラヴァースタウンって感じでしたよね。
これらもまた、雑と思ってしまった要因の一つであったと思います。
序章にあたる新しい旅路のストーリーという事だったので、面白さにはそこまで強い期待を寄せていたわけではありませんが、まさか雑と感じるのは予想外でしたし、あまりこれはやめてほしいなと思います。盛り上がりとかはなくても、せめて丁寧なストーリーをお願いしたいです。
「路」というワードをこれ以上擦るのをやめて頂きたいです…。
結局いまだに、このワードで何を伝えたいのかよくわかりません。
7.1ではヒカセンの選択肢にねじ込まれていて「これは選ばんとこ」って思っちゃいました。
特定のキャラが使うとか、特定の何かを示すとかでもなく、もはやネタかというくらいに無節操に使われているように思います。
以前、オケコンに行った際にも「路」が出てきて、若干の萎えを感じました。7.0の残念なストーリー体験を思い出してしまったからです。
何かの機会で、開発がこのワードにどんな想いを込めたのか聞かせてください。
いまのところ、「なんかいい感じのワードを思いついたので使ってみました」くらいのものにしか見えなくて、見るたびにモヤモヤしています。
追記:一応それらしいインタビュー記事を見つけました。
https://www.famitsu.com/article/amp/202411/23754
伝えたいテーマはあったけど、ストーリーを純粋に楽しめず作り手のメッセージを受け取れなかった。と思います…。Quote:
吉田 『黄金のレガシー』自体が、路(みち)を切り拓く、路を作るというテーマがありました。パッチ7.1でもさまざまなキャラクターがそれぞれの路を歩み始めるのですが、今回はとくに、未知なるものが何かに吸い寄せられるかのように集まってきて、それぞれが光の戦士を中心に交わるといったイメージですね。
NPCについても定食化というか同じNPCを何度も擦るのをそろそろ控えて、
魅力的な新キャラ作りに挑戦してほしいです!
7.0メインだとラストシーンでスフェーンはまた出るなと思ってしまったし、
第一世界のトロッコ組とかも状況を打開するのに列車を作るって展開が読めてしまって…
ゼノスを倒したあとにまたゼノス。
解散後に速攻で集まる暁。
メイン以外でも武器強化がゲロルトゲロルト第一のゲロルト別世界のゲロルト。
こういうのはもういいかなって気持ちです。
思い返して気づいたんですが、7.0は新たに好きになったキャラが一人もいないことに気づいてやべーなと思いました
新生~暁月までは拡張の新キャラが好きになったことも勿論ありますが、既存のキャラでも例えば初期の頃は胡散臭くて変な言い回しをする印象しかなかったウリエンジェですが
漆黒~暁月でとても良く掘り下げられて暁では大好きになりました。理由は長くなるし若干逸れるので割愛。アルフィノ君も私の中では蒼天くらいまではネタキャラだったんですが
漆黒~暁月で見事な成長を遂げ、妹のアリゼーと共に個人的評価が相当上がりました
しかし黄金では既存のキャラが新たに掘り下げられることもなく(もうある意味書ききってしまっている)むしろIQ下がって、えぇ・・・ってなってますし
指摘されてる方も多いですが物語の都合の為に既存キャラも新キャラも動かされて色々雑に感じたりするのは私も同じですね
敢えて黄金で好きになったキャラは?と自分に問うて浮かんだのがアルカディアのプルートボンバーだったのが地味にショックです
アルカディアに登場するキャラ達は魅力的でしたね。
黄金についてはややコーナ派だったんですが、7.1で株を下げてしまった…
個人的には、キャラの魅力は合った方がいいけど、物語の整合性の方を重視します。
メインクエストは少ない方がイイ派なので、消化しなければならないメインクエストの物語がそれなりにちゃんとしてくれていればいいのですが
「そうはならんやろ」なツッコミが発生する展開が何度も続くと、消化が本当に辛いです。
ゲロルトやロワナについては、そういう記号化されたキャラたちなので私個人としては気にならなかったです。
ゲロルト・ロワナシリーズのキャラに「クスッ」と笑うか、「またか」と辟易するかは人によるでしょうが、本筋に関わってくるでもなし、役割が明確なので分かり易いかな、と。
擦るというなら、どちらかというと糞への固執をそろそろ卒業してもらいたいかな。
「う〇こ好きだな、運営…」って今回も突っ込ませてもらいましたw
キャラが魅力的といえば、、いるだけの「暁」、世界の課題に取り組んでいない「暁」には魅力がないんだなー、と今更ながら。
コンサポ都合があるけれど、継承の儀はクルルだけの方が身軽だし、作り手さんもセリフ回しをしやすかったんじゃないかな。
ウクラマト誘拐事件も、そこにいる人数が少なければ少ないほど、まだ "しようがない感" を出せましたし。
双子はトライヨラへは、最初から個人の目的優先で同船しただけで、上陸後はしばらく完全別行動、
継承式で久しぶりに顔をあわせて、ゾラージャ襲撃から本格合流、ぐらいで良かった気がします。
今回は全体を通じて、双子とグラハ、この3人がとにかくずっとぎこちなかったという感想。
今までの、そして黄金でもFF14のキャラクターに敵味方双方に対して入れ込むというか…共感したり好きと思えるキャラクターがいないんですけど、それはそれとして漆黒と暁月はキャラクターの魅せ方が上手かったなと思ってます。
一から十まで説明してくれるので少々くどいくらいなんですが(自分はこれで蚊帳の外感を感じて感情移入が出来なくなった)十全に納得感を与えるくれるというか、余計な事を考えないように思考を誘導してくれるので正直メインストーリーは楽に消化出来ました。
黄金はそういう事がなく、しかも最低限の説明すらなくこっちに全部答え方をぶん投げてくる(しかも答えが無い)のでそういう点では甘えを許してくれず、少し疲れるなとは感じています。
個人的には目の前に広がってる切り拓くべき目標が「道」
切り拓いた後に出来たのが「路」って思ってるのだけど日本語って難しい。
そしてみんなが踏みしめて舗装され揺るぎない「道路」となる…みたいな。
キャラで言うとシェールとアルカディアの面々は結構良いと思いますが、それ以外は掘り下げが甘くて印象が薄いですね。
7.1終わりましたが、7.0ほど酷くはありませんでしたが面白くもなかったです。
淡々と義務的に進めて気がついたら終わってました。
私はウクラマトにもゾラージャにもグルージャにもスフェーンにも感情移入できず興味も持てなかったのでもうダメなんでしょうね。
「どうでもいい、早く終われ」と思いながら進めていました。
7.3までこの関連の話が続くようなので、滅アラやったら7.4まで休止しようと思います。
7.1の内容を7.0のサカ・トラルでやればよかったんじゃと思いました。
あの自警団?がなんでメインに描かれたのか不思議ですね。面白くないし。
悪い奴がいるって騒ぐ銃だけは才能のあるありきたりのキャラ、
自警団の中に悪がいるのに気づかず何故かヤ・シュトラと連携して良い風にムービーにされたミコッテ。
あのムービー見せられても「はぁ...」って感じでした。
6.x〜7.1までヒカセンずーっと蚊帳の外なんですよね。7.0は特に黄金キャラのカメラマンだったし。
ヒカセンの冒険ではなく王族付きトラルツアー、鏡像世界を巻き込んだ盛大な兄弟喧嘩。
メインストーリーで描かれる冒険者としての新たなる冒険はどこ行っちゃったんでしょうか。
7.1をプレイして思ったのは、この後黄金郷をヤ・シュトラと一緒に旅する....なんて事にはならないですよね。
もうそれ6.xでやったし。
パッチ終わる度に周りのNPCが情報持ってきてなんとか出来るぜ!のノリも辞めてほしい。
6.4だったかの大量エーテルを運ぶ装置の作成も関わらせてよ。
暁のメンバーも適当に描かれるし、このあとのストーリーは全員置いてヒカセン1人で鏡像世界に行かせてください。
ここではどうしても否定的な声の方が大勢になってしまいますが、全体的にはどうなんでしょうね。
7.0は挑戦だったというのは理解しますが、それでも7.0は、8.0までには新生してほしいかも。
全面的な作り直しはもちろん無理ですけど、要所要所、辻褄が合わない部分などの手直しは検討してほしい。
もし作り直されたら、わたしはもう一回7.0をやり直して、脳内を上書きしたい。
ゾラージャが一番もったいなかったですが、ゾラージャ討滅戦がわたしの中で盛り上がらなかった原因は明確です。
例えば、蒼天から暁月に至るまで、メインクエストの主要キャラを討滅するときは、
ゲーム内でしっかりとそのキャラに対して意識が向くように仕向けられていました。
討滅戦の時点でそのキャラへの理解度が上がっていて、後は決着を付けるだけという感じでした。
一方でゾラージャは、直接的なぶつかり合いもないまま消えたので、前半終了時点では、モブキャラが消えたのと同じ感覚でした。
そしてヨカトラル襲撃は、モブキャラがおかしな敵になって戻ってきた、という程度の感覚でした。
ヘリテージファウンドに入ってからも、鏡像世界と融合した街の問題や、スフェーンなどに意識がずっと行っていたので、
ゾラージャに関して話題が出ても、ひどい言い方をすると「モブキャラのサブストーリー」という感じでした。
ゾラージャが行動を起こして二度目の襲撃が発生。結局、そこでもウクラマトとゾラージャの家族としての正直なぶつかり合いもなく、
むしろすぐに「スフェーンが実はxxxだった」という方に意識を向けさせられます。再びゾラージャは意識の外へ。。
結局、ゾラージャ討滅戦を迎えた時点では(リアルタイム進行時は)「モブキャラ討滅戦」という感覚だったんだと思います。
過去の討滅戦に照らし合わせたとき、この感覚は「メインキャラ討滅戦」というより「蛮神討滅戦」、
例えば「真ビスマルク討滅戦」や「ラクシュミ討滅戦」くらいの感覚だったように思います。
7.1のゾラージャの描写は良かったと思いますが、実際のところ、あれは掘り下げや補完などではないと受け取っています。
7.1のストーリーとして、元々必要だった描写だと思います。
もうひとつ、ゾラージャ討滅戦が盛り上がらなかった理由があるのですが、
それは、ヨカトラルの人々、トラル大陸の人々に対して、冒険者として『守らなきゃ!』と思えるような感覚になれなかったということです。
彼らは楽しいキャラですが、例えば紅蓮で圧政に苦しむ民たち、暁月で突然の終末に見舞われ逃げ惑うサベネア島の人たち、
彼らには、しぶとくもそこで「生活している人たち」という感覚がありました。「人間」を感じていました。
でも、トラル大陸の人々にはその感覚を殆ど持てませんでした。民族性や多文化には触れましたが「生ける人」という感じではありませんでした。
単に「トラル大陸を彩るモブキャラたち」という感覚だったんだと思います。「人」というより「デ〇〇ニーのキャラクター」みたいな感覚です。
だから、「トラル大陸の人々を護るためにもゾラージャを討つ!」みたいな感覚にならなかったのだと思います。
わたしが冒険者としてヘリテージファウンドに向かった理由は、トラル大陸の人々のためではなく、唯一、エレンヴィルのためだけでしたから。
(むしろヘリテージファウンドやソリューションナインの方が、そこで生きている人たち、という感覚は持てていました)
追記)トラル大陸では前半、短時間であっちこっち行かなければならず、それぞれの場所が薄味になってしまったのかも。
例えばペルペル族は「金の試練」のために奔走し、アルパカを捕まえ、、、その記憶が中心でした。
ペルペル族の紹介、特産品の紹介、観光としては良いのかもしれませんが、、、
「観光で訪れただけ」の村の人を「護ろう!」とは中々ならないですよね?そんな感じです。
アラミゴやドマ、サベネア島、ガレマルドなどの人たちは、先に問題があり、冒険者としても最初から「寄り添い」、
特に「名前のある特定の人への寄り添い」がありました。
今回は本当に観光旅行であちこち前半をめぐっているようなものなので、
基本的に平和ですし、広く、薄く、色々な人と次から次へと会っていきますし、寄り添う気持ちも不要でした。
単に保護者として同行しているだけでしたし。その結果として、「護る」という感覚に対してのズレが生まれたのだと思います。
黄金のレガシー7.0は決して悪い人材や素材を使っているわけではないので
週刊連載の1巻と5巻で絵や構図やコマ割が全然違うように、そういう部分は上手になっていくと思います
7.1でヒントトークに分厚さが出ましたよね、ああいう所です
ですが内容、というか、書きたいものですかね、それについては変わらないでしょう
それを変えたらその人たちが書く意味がなくなるので
黄金のレガシー7.0は7.1まで見ると、ゾラージャのあの終わり方を書きたい話だったんだなと思います
ゾラージャをゾラージャのまま描きたかった
その為に光の戦士という影響力のメテオからウクラマトを巨石の盾にしてゾラージャの孤独を守り
スフェーンという技術力の矛を手にするまで路を整えて進ませてやった
ゾラージャがわからなくて当然なんですよ、そのわからない所をそのまま描きたくてこっちに見せなかったんだから
ああいう描き方、終わり方をさせたかった部分というのは変えようがないです
作家性とも言えますが、繰り返しますがそれを変えてしまうとその人が書いている意味がないんです
その個性がつまらなかった人もしんどかった人も見たい人も楽しい人もいるので、賛否は別です
でも黄金のレガシー7.0では忘れられているんですけどFF14ってゲームなんですよね
少なくともゲーム体験という部分では黄金のレガシー7.0はゲームを騙った高画質小説映画モドキでした
当たり前の話ですが、本の読者、映画の観客、ゲームのプレイヤーではそれぞれ体験が違います
開発シナリオ班の書きたいもの書けるものと
「自分たちが作っているのはプレイヤーがいるゲームである」っていう自覚と
そのふたつの擦り合わせが出来ない限りは8.0も9.0もこのモドキは続くんですよ
「主役はステージに立つ人たちではなく遊んだ人のゲーム体験である」
意訳ですが、嬉しい言葉ですね。さて誰の言葉だったでしょう
キャラクターの在り方に向ける執念をもう少しプレイヤーの心の動きに向けていただけると嬉しいです
7.1クリアまで見させて頂きました。
グルージャに関する謎の一つが解けて、この調子で色々あった謎の部分を解明して頂きたいと思いますが、正直手遅れな部分、以前指摘したマムージャ関連含めあまり深堀りされそうにないので残念ではあります。
まぁ、もう過ぎ去ったものなのでこれ以上はどうこう言いません。
が、コーナのお話に関して、置き去りにされた理由が語られましたが、それだけ大きな騒ぎになったのに、当のコーナは何も覚えていないのか?と疑問に思いました。
赤ん坊だったのかな?とも思ったのですが、あのときの僕は理解できなかった…というセリフから考えても、物心ついているなら覚えていておかしくないと思うのですけど…。
まさか、集落が魔物に襲われている間、ぐっすり眠っていたなんて言いませんよね?それに、仮に眠っていたとしても、起きた後、一切争った痕跡がなかったとは考えられにくいし
いくつかのテント等が壊れていたり、ロネークや人の遺体など、周りに襲撃されたような跡があったら、置き去りにされたとは思わなそうですが…
ちゃんと深く考えられたストーリーなのでしょうか?
それにロネークを線路に近づけないようにする策が、囲いを作るとかではなく、天敵のエーテル照射ということで……
ロネークってすごく繊細な生き物なんですよね?列車の音だけで不安定になるような生き物なのに、天敵のエーテルは照射されてもストレスにならないのですか?
部族的な理由から囲いや柵は作れないという事でしたが、逆にロネークにとっては負担になるような策だと思ったのは自分だけでしょうか?
柵があることより、天敵が近くを常にうろついているとロネーク達に認識させるような行為だと思ったので、そこもおかしく感じました。
これまで聞いてきた話から、なんだかそっちの方が問題が大きくなりそう。
かと言って、ロネーク達に配慮し続けるうちは、正直問題解決が出来そうではないので、何かしらの方法は必要だったと思いますが…
でも、まだ柵があって、線路に入れないようにしておいた方が、負担はなさそうだと思ったのですけれど…どうなんでしょ。
いちいち重箱の角をつつくような真似はしたくありませんが、パッと聞いてすぐ違和感を持ってしまうようなお話は…
暁月までは個人的にそんな事なかったので困惑してます。今後のお話もちょっと不安になってきて怖いです。
友好部族クエで王女誘拐犯の人の背景とその後が描かれ、次いでラザハンとの国交についての具体性も薄く語られてこれで終わりにさせられそう。
アライアンスでサレージャその後が明かされて、新しいバクージャジャの生活を垣間見て、あとは7.15のお得意様も列車野郎どものとこのアフターエピソードが語られるような事を匂わされています。
これらはメインシナリオクエストでやってほしかった。
駆け足で色々広げ過ぎたから、こういった点がメインから零れ落ちて全体的に薄味になった、やってたらもう少しいいものになってた気がする、7.1メインもそう思わせるコーナ兄さんのバックボーン描写ありましたし、色々手を付ければ付けるほどそんな印象が強くなっていきます。
以前も、派手な絵変わりがないと不安に思ったんだろうかみたいな事を書いた覚えがあるのですが、今回の一般フィールド戦闘曲については、表題曲の中から伊藤友馬さんのバイオリンパートを選んで使ったのが「渋いね」とか、Primalsのライブだったかで言ってた覚えがあります。
これで戦闘するのを良しとしてくれるプレイヤーは通だね、みたいな。
そこら辺はプレイヤーを信頼してくれるのであれば、シナリオに関しても後半の超展開がなくて本当に王位継承戦一本、トラルの大冒険だけでもきちんとモノづくりすれば、あの戦闘曲を良しとするプレイヤーなら納得してくれると、なぜここでは信頼はしてくれなかったのだろうかと、どうにも残念に思います。
FF14はゲームであるという今更?と思わなくもないところまで立ち返りますとそもそもの話としてゾラージャは
プレイヤーとほとんど会話すら交わしたこともなくまったくプレイヤーのほうを見ていないキャラクターであり
死んだ後に掘り下げが入って嬉しいと感じる方がどれだけ居るかといった感じだったのではないでしょうか。
(同じ宿敵でもずっとプレイヤーのことを見続けていたゼノスの生い立ちやエメトセルクとアゼムがその後どう袂を分かった、その後分かたれたプレイヤーをどう見ていたのかなどは今でも非常に関心が強いです)
ライターの方にとって主人公はウクラマトであり光の戦士は前に出てこられたら自分の描きたいものが
描けなくなってしまう存在なのかもしれませんがFF14はゲームであるという考えが少しでも残っておられるなら
もっとプレイヤー自身が立ち向かうべき脅威というものをしっかり描写していって頂きたいです。
以前の繰り返しになりますがスフェーンの偽物の登場もLv100討滅戦でプレイヤーが完全に蚊帳から外されきったあとの展開であり
プレイヤー自身が立ち向かうべき脅威としてはゼノスやアルバートを乗っ取ったエリディブスの完全な劣化版であると言わざるを得ませんでした。
異邦の詩人が謡った極討滅戦では「もしものときはキミが私を」という台詞を遺しプレイヤー自身の手で〆る展開であり
吉田さん自身のやりたかったことはこっちなんだろうと信じておくようにします。自分の脳内では既にこちらが正史です。
例えば、500メートルごとに天敵と同じエーテルを放射する魔具を枕木あたりに設置し、
囲わずしてロネークの生息域を線路から遠ざける策だと、疑いもなく思っていました。
作ったのが警笛だとムービーで知るまでは
ムービーを見て「え?!警笛?!!!なんで??」と思ってしまいました笑
ロネークの生息域をもとの地域に戻すためなら、警笛よりも有効だと思うのですが。
それに、警笛だと運転手が早めに発見できなければ間に合わないですよね。
実際、7.1でもロネークを見つけたのはニトウィケではなくエレンヴィルでしたし、
「ああ、エレンヴィルがいなかったら轢いてたね」と感じさせられたムービーでした。
ロネークを発見するシーン
→先にニトウィケが「ん?!」って気が付いて、続けてエレンヴィルが「ロネークがいるな」と気づく、
くらいの演出だったら、ちゃんと運転手が遠くからでも気づけるんだねと思えたと思います。
警笛にした理由について
→最初はロネーク除けの魔具を線路の近くに設置していく案も考えたんだが、
材料は無限に手に入るわけではないし、常時エーテルを流し続けなければならないという課題もある。
それに、ロネークがいるのはここらだけではない。
これから線路を更に延ばしていくことを考えたら、車輌側に策を講じたほうが良いということになってな、
それで、今回は警笛ということになったんだ。
という感じの説明があっても良かったのにな、と思ってました。
↑のような理由があったんだろうな、と勝手に想像して納得していますが、
敢えて警笛にした理由は実際のところ分かりません。
作者にとっては警笛が唯一無二の策で「なぜ警笛を疑問に思うの?」という感じなのかも。
一方でわたしは「警笛は苦肉の選択肢?」という捉え方をしているので
警笛はいくつか講じられる策のうちの、一番最後の選択肢、という感じでしたが。
とはいえ、7.0とちがって絶対に変!とか、辻褄が合わない!という感じではないので、7.1は温かい目で見守っています。
ヘイゾを知るでヒカセンを拠点に残さず、コーナに同行させて過去の話をやった方が良かったのではと思いました
ヒントトークの方に入れられてましたが、コーナはヘイゾの事は資料で後から学んだと言っています
この記述から両親と別れた時点ではコーナは物心つかない年齢の赤子か子供だったと推測します
当人視点の当時の状況が描かれてないのもそうですし、後から知ったと言うことはその生活を実際に体験していないという事でもあると思うので
それならばロネークの散歩をさせながらその話をしておけば良いですし
もしくは散歩の途中でロネークに触れた事で、足音や暖かさや毛皮の手触りや匂いに覚えがみたいな幼い頃の記憶が薄ら思い出されたとあれば
ロネークへの思い入れに繋がって、その後の展開でも違和感が出なかったのではと思います
特にコーナはミコッテ(ヘイゾ)族なので、音や匂いに関するものには敏感なはずですし
散歩から帰って来てからずっとコーナがロネークを撫でていますが、それを愛着表現とするのはとってつけたようで説得力に欠けますし意味も伝わりません
いくら書く人の中にたくさんの設定があっても、それを読み手に理解できるよう表現しなくては伝わりません
まして重要な情報はヒントトークではなく、メインの会話に組み込まなければ意味がないです
ヒントトークはあくまでキャラや場面により深みを持たせる彩りであって、必要な情報を置く場では無いので
どの情報が流れを作るのに重要で、それをメインのどこで開示するかと言う組み立てがうまく出来ていないのではと思います
黄金は全体的にある事象についての理由が断片しか語られず、結果が急に出る形になるので読み落としたか?ってなる場面が多いです
読者に開示せねばならない必要な情報とそうで無い情報を選り分けて、必要な情報はメインの会話や映像演出に組み込むという作業をもう少し丁寧に行なっていただきたいと思いました
警笛に関しては逆にロネークや現地の環境に配慮したいい策だと思いました
排除の為の機構を組み込んだ柵や枕木を作ってしまうと、東西ドイツのベルリンの壁みたいに線路を越えた移動が出来なくなりますしそれで本来の生息地に戻れないとなりかねません
ロネークは時期が来ると纏まって移住する性質をもち、それに合わせてヘイゾの人は居住地をかえる遊牧民なのもあります
ロネークが線路に近く接触しそうなときだけ警笛を鳴らし、それを学んだロネークが近づかなくなれば自ずと使わなくてもよくなります
そうなると列車側に警笛として一つあった方が、枕木や柵の破損の度に交換とならずすみますので
修理の為の材料が無くなったらどうするのかって問題も出ないので特にその辺は気にしてませんでした
まあ、警笛がおかしい、という話ではないのです。
ただリアル囲いはだめだけど、ヅルヘイゾヒリの素材のおかげで「ロネーク避け」が作れるね、とあの時思ったのです。
何故なら、発生していた問題は「警笛を鳴らせないこと」ではなく「(ヅルヘイゾヒリが原因で)ロネークの生息域が変わったこと」なので。
彼らの元々の生息域はエサも豊富です。線路の近くはそうではなく、彼らにとっては避難地のようなものでしょう。
ヅルヘイゾヒリを排除したいま、元の生息域に戻るよう促すことが、ロネークたちのためにも良作だと思ったので。
だからこそ、安全になった元々の生息地になるべく早く戻してあげる方法をなぜ取らないのか、その理由説明は入れてほしかったなと。
プレイ後にゆっくり考えれば、彼らは元々の生息地から逃げてきているわけだから、エサは少なくとも線路近くは安住の地。
強めにロネーク対策をすると、それが原因で彼らはそこも危険だと思い、元の生息地ではなく、他の場所に移動するか、最悪は行き場を失うかもしれない。
だから、線路近くを新たな生息地としている彼らの現状変更は急がない。そのまま安心して過ごしてもらう。
そして、緩やかに元の生息地に戻せるよう促すという感じなんだろうな、という考えにもなれますが。
しかしあの警笛、列車を止めたうえで、警笛の鳴る方向を手動で合わせて、それから鳴らさなければならないのはとても非効率的ですね。
アバウトに前方向にのみ警笛のエーテルが届き、横方向には影響なし、くらいの設定で良かったと思います。
そうすれば、今回はテストだから慎重を期して止まって鳴らしたけど、実際の運用ではスローダウンのみで対応できるねと思えました。
あの仕様では毎回、完全に列車を止めてから操作しないとダメでしょうね。(今後、改良するのかな?)
アライアンスのクエストはメインと切り離して欲しかったですね
バクージャジャも最初より好感度あがったし好きです、ジュノ自体も楽しいです
ですがアライアンス進めてると「さっすが武王ウクラマトの協力者…!」とか聞かされて
メインでおまけ扱いだったのが、ここでもウクラマトのおまけっ…!って思ってしまいます。
もちろん気にしない人は気にしないでしょうし
ウクラマト自体は善良なキャラだとわかっています
そして最近は完全にシナリオの犠牲者だとも思います。
おそらく開発はウクラマトがめちゃくちゃ好かれる予定で描いていて
それでアライアンスでもこの台詞なんでしょうけど
僕は黄金のメインがかなり合わなかったので
アライアンスで違う空気で遊べるのを楽しみにしていたぶん
同じ流れが続いていて少しがっかりしました
別の味付けで楽しみたかったですね…。
毎週、開発とプレイヤーの温度差を目にさせられるのがなんというか…あまり…。
色んなサブクエスト進めててよく思いますが、「ウクラマトの協力者」って立ち位置が「知り合いの知り合い」感が強くて、話している相手キャラクターとの距離を感じてしまいます。
英雄呼びされたいわけじゃないですが、せめて「◯◯の冒険者」みたいな呼び方で、ウクラマト抜きでヒカセン自身を呼んで欲しいです。
こんな風に書いていいのかな、と思いつつ、、、。
もう感想書くのすらいいかなー、というくらいに面白くなかったです。
お葬式のシーンで見るのがめんどくさくなり、それでも10年プレイしてきたので見ておこう、と進めましたが、、、。
終始、好きなゲームしてるはずなのに嫌な気持ちになったなー、メインストーリーじゃなかったらやってないなー、今回も脇役でカメラマンなんだなー、楽しくないなー、と思いました。
ウクラマトとコーナとの共闘で、コーナのかっこいい大技?を見せられ、これ、私のキャラ必要?またカメラ役?と思いつつも戦闘を終わらせて進めると、よくわからないうちに突然の過去語りを聞かされ。
ロネークを庇うシーンも、いい人ですよ!というのを見せたいのかな?それよりもギャグみたいだなあー。賢人とは?というか私のキャラは助けにも入らないの?自分なら助けようとするけど、、。私のキャラここに必要?とはたまた思いながらみていました。
続けて、いわゆる毒親の話やら暗い話ばかり見せられ、書いてる方は親に恨みでもあるのかなー楽しいのは嫌いなのかなー登場キャラの見せ場が目立つのは、キャラグッズとか他ゲームのコラボの為かなーとか、スローライフゲームしたくなったなーとか、ff14以外のことを考えながら見させてもらいました。
最後もよくある終わり方をしていたので、これで今回のメインストーリーはコンプリートだな、と思いました。
長くなりました。
個人の感想なのですが、ウェルリト戦役を書いた方、というのを見かけまして納得しました。ウェルリト戦役も苦手というか無理でして、途中飛ばしたりしたのですが、コンテンツが絡んでいたので完結はさせています。
が、コンテンツ絡んでいなければプレイしない方もいたのではないでしょうか。
黄金のレガシーも、コンテンツが絡んでいなかったり、単体のゲームだったら絶対にプレイしていないです。
ストーリーの内容が嫌な気持ちにさせるもの、ドロドロした暗い話を散りばめすぎていて、しんどいです。
そういったゲームをしたいプレイヤーには許容されるかもしれませんが、オンラインゲームのしかもメインストーリーではどうなのでしょう。
最初に出ていた「ヒカセンの夏休み」や「王位継承レース」というコンセプト、凄くよい響きです。そのゲームがしたかったです。
今見ても、タイトルムービーの音楽と映像、ワクワクします。
「見えて来たぞ、新しい冒険が」というセリフもめちゃいいです。
お付きではなく、自分のキャラクターの冒険がしたいです。
スレチかもしれないのですが、主人公が強いって言う前提の元ストーリーが進んでいくのに、おそらく個人で選んでいるジョブ等の影響から、全く何も手を出すこと無く武器だけ構える…というシーンばっかりなのが残念です。
ちなみにこれは黄金に限った話ではなく、すべてのストーリーでです。難しい事はわかっていますけど、けが人が沢山居るシーンとか、ヒーラーなのに治療することも出来ないですし、魔物が突進してきたり、敵と対峙しても遅れて反応してばかり。全然強さのアピールが無いので、強い強いと言われても実感が沸かないですし、今の主人公がかっこよく止めてくれたらなー…とか考えながら見ています。
まぁ戦闘シーンはどうしても無理なんでしょうけど、寂しいですね。
以下事件屋ネタバレ↓
だからこそ事件屋クエストで主人公がアグレッシブにボールを打ったり、フライパン振ったりしたのに興奮しました。あれほど手を出さなかった主人公がまさか反撃するなんて!!事件屋クエストのギャグだから出来た事なんでしょうけど。ああいうのメインでもほしいですね。
ライター氏の物語の傾向について、考えたり感じた事を。
ウェルリト戦役は苦手なストーリーだった。
登場人物にアリーという少女がおり、彼女の身体にはおそらくウァレンスによって振るわれたと思われる暴力の痕が残っているという旨のセリフがあった。
私は一瞬、彼女が性的暴力を振るわれているのではないかと心配になった(そのような記述や描写は物語を通して一切無い)。自分の心配を杞憂として、無視する事にした。しかしこの事が「この物語は気持ちが悪い」という印象を強くした。ガイウス氏の人生が前向きに大きく修正された物語であり、全部が気に入らないというわけではなくて結末については満足している。
テーシャジャとゾラージャの件についてもしかり、性的な要素で「気持ちが悪い」と感じてしまう傾向がある。
もっとあっけらかんとして「がっはっは、しょーがねーな!」と笑える代物なら良いのだが、当事者の心情に思いを馳せると、薄暗い気持ちになる。要は「ちょっと趣味じゃない」という個人的な嗜好の問題なのだが、これが決定的に「合わない」のがなんとも辛く残念に感じる。
旧14、新生から始まる大きな物語の最終章だった暁月のフィナーレと
黄金のレガシーを比較するのはいかがなものかという意見もわかるのですが
私は黄金のメインストーリーをやっていて「新たな冒険の一発目なのに暁月のような事をやろうとしている」と思いました。
感動して欲しい部分、キャラクターの言葉に下地が足りないんです
私は黄金のレガシーは「概ね肯定」という評価をもっているものの、これから新しい大きな物語がはじまる‥というよりは切り離されたOVAのように感じているので
今後それらをすくい上げてお話に深みを持たせてくれることを願います。