ある意味、蒼天も妹竜の復讐、教皇とアイメリク(父子)、紅蓮もひねくれた家族(ヨツユ)の話、
紅蓮戦後編もヤバい家族(ソルと孫とゼノス)、暁月も創造生物ではあるけれどあそこは一種の家族、、、
新生は悪の帝国、漆黒は親愛なる同胞の話だけど、それ以外、初期からずっと家族だった記憶。
ネタのマンネリ化を防ぐために、こじれが増してるかもですが。
(誤字だと思いますが、ヴェルリトではなくウェルリトです)
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どちらもシャブルク・ピビルまではたどり着いていたし、決定打はジャティーカバナナの葉を使っていたかどうかだったと思います。
葉を手に入れるにはその地の文化や歴史を知ろうとしなければならなかったのではないでしょうか。例え歴史を知っていたとしても、知ってるからいいやではなく。
試練の内容を聞いた時点で、バクージャジャやゾラージャは乗り気ではなかったですしその時点で勝敗は決まっていたのではないかと思います。
継承の儀は王の素質を問われるものなので、知ってるから聞かなくていい、ではダメなのでしょう。
恐らくですが、そこまで理解してグルージャジャは選者や試練の内容まで考えていたのではないかと思います。
なので、露骨に脱落者を作ろうとしていたと言われればそうかもしれませんがそれはシナリオライターの都合ではなく、賢き連王の仕業だったのだと思います。それに気づいて残りの2人も真摯に取り組んでいれば結果は変わったかもしれません。
逆にウクラマト達の真価を試されたのがマムークで、ウクラマトやコーナをふるいにかけていたのだと思います。こちらは露骨なまでにマムージャ族が有利な選者と土地でしたしね。
その土地のことをまた、「知る」事で結果論ではありますがコーナまでも仲間に加えて勝利することが出来たのではないかと。
コーナが仲間になった時点で、私は最初からこの2人は手を組むだろうってグルージャジャは想定していたのかもしれないな…って感じて、やっぱりあの親父頭いいわって思いました(笑)
逆に、そうとしか読めないと思います。
そこは疑問を挟む余地はないのでは。
・決定打はジャティーカバナナの葉を使っていたかどうか
・葉を手に入れるにはその地の文化や歴史を知ろうとしなければならなかった
・継承の儀は王の素質を問われるものなので、知ってるから聞かなくていい、ではダメ
このようなことはすべて理解済みだし、理解して、咀嚼したうえでのその先の意見ですよね、kakeluさんのは。
>試練の内容を聞いた時点で、バクージャジャやゾラージャは乗り気ではなかったですしその時点で勝敗は決まっていたのではないかと思います。
勝敗は決まっていたけど、ここは勝敗自体は重要なエピソードではなかったと思います。
バクージャジャは地元の料理なので遥かに有利でした。
バナナの葉も歩いて自宅に戻って、家のキッチンから持ってこられたでしょうからね。
ただ、自分でマムークへの道をふさいでしまっていたという自滅したおバカという点と、
そもそも「秘石は奪えばいい」という考えになっていたので、まともに勝つ気もなかったいい加減で卑怯なやつという描写。
(のちに、ただの卑怯者ではなかったと分かりますが)
食の試練の後のイベントも含めて、そういうバクージャジャを描きたかったのでしょう。
双血の教えのクエストのための布石づくりでしたよね。
ゾラージャについては、勝敗とういより、資格があるとかないとかというより、「家族に対する憎悪」、
それが、この食の儀で描きたかった内容でしょう。演出もそのようになってたはず。
ただ、ここでのゾラージャの描き方は悪くないんですが、ウクラマトは最悪でしたね、という話ですよね。
tukihamiさんが引用した内容と、それに対する意見がかみ合ってないと思います。
シンプルに面白くないよね 7.1
単純に頭が悪いクズでしかないトカゲの兄貴に
畜生一匹の代わりに命張っちゃう理王(笑)とか
社内で暇そうにしてたやつに適当に書かせたのかと疑うレベル
モバイルで忙しいのかしらんけど 吉田もまともにチェックできないなら真剣にプロのライター雇ってくれよ
黄金のジャンポめっちゃ売れそうでよかったじゃん!
ここは感想スレなので、読んだ人が文章をどうとってそれについてどう思ったかを書くと思うので
いくらライターにこう読んで欲しいという意図があったとしても、それが伝わらなければ意味がないと思いますし
読み手の受け取り方は千差万別なので、必ずしも全員同じ感想になるとは限りません
書き手の意図がどうあれ最終的に読み手がどう思ったかが、創作における評価の全てとなります
自分が読ませたい意図を文章で表現して誘導し、読み取れるようにするのもまた必要だと思いますね
私は内容の好き嫌いよりも、演出や文法面からの話をしているのでちょっと違います
内容自体は好きな部類なのですが、自身が趣味で書き手もやってるので尚更表現に関する部分で設定矛盾や都合が見えてしまって気になって集中できないという話です
他所で見た感想で「人形劇の操り糸が見えてしまっている状態」というのを見て、とても上手い表現だなと思いました
操る糸が見えていたとしても、内容に惹かれれば人形の動きに注目して集中し気にならないと思います
なのに操ってる黒子や糸の方に目線がいってしまい、キャラや内容に集中できないという事です
これを回避するには見てる側が糸に集中しないようにする為の熱量や山場表現なのですが、今回そのどちらもが低めだなって思いました
新生で魔導アーマーに乗って爆発する基地の中から脱出してきた瞬間みたいな、蒼天で竜の眼を雲海に投げ捨てる瞬間のような熱が感じられなかった
山場自体はあるんですけど、その熱を直前で冷ましてくるみたいなのが多くて
黄金卿の扉を開けるのも、クルルがそのまま開けていればまだ良かったのですが
意味深に6.Xから出ていたアイテムが、それ単品ではどうする事も出来なかったと期待という熱を下げてしまう
両親が重要な組織と関わっていたというなら、尚更スフェーン達より上の権限や特別なコードを持たせて託していたという方が熱さに繋がったのになとなってしまいました
グルージャに武王の権限移ってなかったら詰みでは?という形になって、権限の移譲という行為が親の不器用な最後の愛情からシナリオ都合に変化してしまったと感じてしまう人も居るのでこれが糸が見えている状態という訳です
グルージャの武王の権限の話はまた別でやった方が、そちらも熱の材料にできた筈で勿体無いってなりましたね
出てきた設定爆速で回収していくので、えーここで使っちゃうのかってなりましたし
読者の期待を裏切るのは一種の手法ですが、今回使い所が微妙だったなって思いましたね
食べたいのに食べれない、新エリア行くぞと思ったらすぐに行けないと肩透かしになる場面が多すぎて、熱を一旦下げないで素直に熱くさせてくれよって感じでした
バクージャジャの一騎打ち後の態度急変からの逃走も、封鎖されてるマムークへの道を開けるためか〜ってシステム都合まで見えてしまってせっかく一騎打ちで上がっていた熱が冷めてしまいました
意図は見せていいかと思いますが、操る黒子や糸(都合)はなるべく見せないような表現にして欲しいなと思います
うーんなんか違うんですよね、うまく言語化できそうになくて申し訳ないですけど。ニーズは妹の復習ですけど全面的に出してるのは人間嫌い&復讐の部分で、ずっと妹との思い出やお涙頂戴見せられてるわけじゃないですし、教皇とアイメリクも「父親殺し」というワードは出てますけどそれよりも宗教信仰戦争って部分に気持ちよく目を向けれましたし、ヨツユも過去の話はありましたけどそれはただの通過駅程度のものでその先にある「ドマ人への憎しみ」のほうがストーリーのポイントでしたけど、最近のはずっとTHE!家庭事情!!!の部分が全面的に、顔面に突き出されてるような。ストーリーの過程で通過するものじゃなくがっつり停車して(作者が)気が済むまで見せられてる、みたいな。ストーリーそのものよりそっちのドラマを大事にしてそうな。たとえるなら少年漫画の恋愛要素と少女漫画の恋愛の違い、といえばいいでしょうか。
ウェルリトは普通に覚え間違いでした、ありがとうございます。
私はアルフィノやアリゼーならグルージャの意思を最大限尊重するだろうな、と思ったんですね。
理由は簡単で、彼ら自身が人生をそうやって歩いてきたからです。
16歳で暁の血盟に入って良いことも悪いこともありましたが、全てが今の彼らの成長の糧になり、何一つ無駄なことはなかったはずです。
確かに今回グルージャが知った事実は救いがないものかもしれません。教えるべきではなかったのでは?と心配する人の気持ちもわかります。
ただだからといって彼の知りたいという意思を無視したら一生モヤモヤが残ります。
知らないままなら傷つかないかもしれないが受け入れて乗り越える事もできません。
グルージャは何も知らない純粋なだけの子どもではなく、聡明で強い一人の人間です。
その彼がどんな結果になっても知りたいと言ったその覚悟と意思を皆が信じたのだと私は思います。
あとここは良かったと思うところが一つあって、
テーシャジャの音声を聞いた後のグルージャが周りの心配する声を遮って自分は平気だって言うんですよね。
そこでウクラマトがすかさず彼を抱きしめるんです。グルージャがそろそろしんどくなってきてるのをちゃんと理解してフォローしてる。
もしウクラマトがデリカシーのない人間だったらああいう所作は出来ないと思うんですよね。
たぶん黄金は人間関係の描写のバランスが悪いんだと思います。
今までも歪な家族関係は出てきましたが、他にも「仲間・上司と部下・戦友」といった様々な関係のドラマがあり、家族関係も「多少こじれても歩み寄る・寄ろうとする」といった普通の家族物語だったり、そういった中でスパイス的に「歪な家族ドラマ」”も”あった。
この”も”が黄金では”だけ”と言えるほど「歪な家族」ばかりが主要なドラマ・人間関係になってるのがなんというか・・・ワンパターン感を呼ぶのだと思います。
「今までと同じように刺身盛りを期待してたら、出てきたのはワサビだけ」みたいな。
7.1読み終わったらまたまとめて書きますが、コーナがロネークを家族のような物として守るのは
アジムステップで馬を生涯の伴侶とするゴロ族のオマージュかなと思いました
そうでなくても現実で猫の下僕やってる身としては、まぁ理解できるなという感じです
震災の折に津波が迫る中猫を籠に入れて餌やトイレも車に積んで逃げた後に、人間が食べる物を何も持ち出さずに逃げてたのに落ち着いてから気づくって経験を自身がしましたし極限の場面で命をかける事がないとは言えないんですよね
そこは動物飼いが家族として扱うのはあるあるな表現として受け入れてました
朝になったら冷静になって消しているかもしれないんですが今大変に憤ってしまっているので勢いのまま書きますね
後半ペルペル族友好部族クエ名誉のネタバレなので一応閉じます
誘拐事件の時のウクラマトは事件後に
「あいつらが盗賊になった理由を知ればそんな事しなくていいように出来るかもしれない」(意訳)
みたいな事を言っていましたよね?
自分を誘拐した盗賊に、それでも盗賊になった理由と、それを続けなくてもいいようにする方法はないものかと断罪以外を探ろうとするウクラマトを書きましたよね?
今日今ペルペル族の友好部族が名誉になったんですよ
「盗賊団は一度自首、自首した事と盗品を返した事で恩赦も下り仮釈放」
「足は洗うも相変わらず食うや食わずの生活」
「実は青燐水採掘に悪徳主から逃げてきたのでその追手に怯え隠れ潜んでいた」
「しかーし! その悪徳鉱山主はとっくに倒されていました! 恩赦前に理の院から情報共有ナシ!」
武王は恩赦は下したが結局盗賊になった理由とか聞かないまま釈放したんですか?
武王は悪事を続けなくてもいいようにする方法を探る事なく釈放だけしたんですか?
なんで一度描写されたウクラマトの深慮と真摯さをないがしろにされなきゃいけないんですか
本来なら友好部族のスレッドに書いた方がいい事はわかります
でもこういう所、本当に黄金のレガシー7.0ずっっっっっとこういう所
実際表にしたらおかしくない時系列と流れなのかもしれませんね、でもその表は開発しか持ってないやつですよね
私自身がウクラマトについて一部の人たちに不当に下げられていると思っているので過敏になっている所はありますが
開発の皆さんこそ彼女を一番愛せる人たちだと思うので、出来ればこういう事の擦り合わせはきちんとやっていただきたいと思います
これまでもアレクサンドリアがアーモロート、レムナントの劣化焼き直しといった意見が散見していましたが
これも他の方も仰られていますがスフェーンの偽物の登場も紅蓮のゼノス、漆黒のアルバートとの既視感が非常に強いと感じました。
ゼノスに関しては言わずもがなの宿敵、アルバートも魂を託してくれた者を穢す行為であり、プレイヤー自身が立ち向かう脅威として相応しいものだったのですが
スフェーンの場合はLv100討滅戦の展開、「ふたりの路」という曲名からも分かるように完全にプレイヤーが蚊帳から外されきったあとの展開でもあるので
より一層プレイヤー自身が立ち向かう脅威として劣化版という印象がどうにも拭い切れませんでした。そう言えばプレイヤーは主人公ではなかった。
バクージャジャの謝罪から和解の展開がクロニクルに回ったことは、それが果たして良いことなのかは判断しかねますが
メインから一歩距離を置いた視点で色眼鏡なく改心を受け入れることができたので英断だったように思えます。
7.1につきまして、プレイをして自分が思ったことを書き込みさせていただきます。
コーナの出生について、今までコーナが自身のことを「親に捨てられた」と認識しており実の両親に対してマイナスの感情を抱いていたものの、とある人の話を聞いて「自分は親に愛されていたんだ」と思い直す一連の流れがとても唐突で無理やりに感じました。
理由として「その赤ん坊は自分であるし囮になったのは自分の親であるというエビデンスはどこにもないのに、すんなり『これは自分のことだ』って信じられる理由は何?」と感じたことです。
コーナの両親に関する伏線があまりにもなさ過ぎて、その話が出てきたこともいきなりでしたし、コーナがその話を納得するのも唐突すぎると感じました。
それこそ7.0の中で丁寧に描いていただきたかったな、と感じております。
「コーナがそれで納得したならいいけど…」と無理やり自分を納得させるほどに、この辺りの流れは唐突さとご都合主義感を強く感じました。
まだ族長に何かしらの心当たりがあって…の流れの方がよかったような気はします。
黄金は全体的に「情報が突然に後出しで開示される」というシーンが多いと感じております。
追記:強いて言うならば騒動が起こった土地とコーナが保護された土地が合致しているものの、それを裏打ちとするにはあまりにも弱いと思います。他にも赤ん坊がいた可能性は大いにあり得ますし、騒動に関係なくコーナが放棄された可能性も消えないので。
例えば「桃太郎」の話を読んだときに
(桃太郎はかっこいいな)とメインの人物を見ている人もいて
(きび団子って犬猿雉が食べられる団子なんだ)とピンポイントなところを見る人もいて
(鬼からしたら桃太郎は英雄ではなく殺戮者だよ)と鬼の肩を持つ人もいて
とにかく一人ひとり、同じ話を聞いても違う感想や思考を巡らせると思うんですよ
自分がいままで14をプレイしてきた印象としては
エオルゼアでなにか事件が起こったときに
キャラクターそれぞれが、それぞれの今まで培ってきた価値観と立ち位置で
その事件についての原因や解決策、話し合いであれば見解を述べてたと思うんです
そこに意見の食い違いがあれば、だいたいはその理由まで
キャラクターの性格や思惑に沿って相手に伝える努力はそれなりにしてきてたと思うんです
そしてそれを丁寧に描写してくれていました
新生からいままで積み重ねてきた「物語」の集大成
「漆黒はいいぞ」「暁月は感動」
ゲームを構成する要素の中で「ストーリー」重視で制作されたであろう14は
本当にひとつの名作映像作品を見せてもらっているような
ゲーム体験を提供してくれました
14をやっていない友達にも「とにかくストーリーがいいから騙されたとおもってやってみて欲しい」
そうプレゼンしてしまうほどでした
自分が見た感じ黄金ってその要素がほとんど見受けられなくて
例えば何色かわからないものを見たときに
ウクラマトが「あれは黒だ!」って言ったら
全員が「そうね、あなたがそういうならそれは黒ね!」「黒で間違いないよ!」って
超速理解完全同意する人しか出てこないのが
すごくモヤモヤしました
みんながみんなウクラマトに都合がいい発言しかしないのすごいなぁと...
シナリオを書かれている方が
自分だけが持ってる情報とご自身の目線だけで物事を考えてお話を転がしているのかなぁ?というか...
何も情報を持っていない目から見たら
本当に流れや発言に共感を得にくい印象でした
ストーリーとして結末が決まっているから
そこに収束する展開にせざる終えないにしても
プレイヤーであるヒカセン
暁のメンバー
トライヨラの国民達
各地の他部族
みんなウクラマトの味方、同じ意見にしかならない、ウクラマトに対してだけ理解がありすぎる展開に
ちょっと疲れてしまいました
(今のカットシーン本当に必要あった?)と素人ながら感じてしまうシーンも多くて...
当のウクラマト本人は口では「知りたい、大好きだ」と言いながらも
相手の気持ちや理由、立場に無理解(というか結局自分の尺度でしか考えない)で
粗野で押し付けがましく、自分の都合だけで「解決したぜ」と終わらせる
呼ばれてもないのに偶然耳に入ったから、みたいな理由で他人の話に入ってくる
個人的には無理だな~って感じのキャラクターで
7.1で多少修正はされているようですが
7.0までのノンデリ女王とイエスマン達のお話の続き、という印象が強くて
結局シナリオの細かい荒探しをしてしまっている自分にも疲れてしまいました
このゲーム好きなはずなのになぁ...と
一部にウクラマトの種族や見た目で受け入れられない、という意見も見かけますが
個人的には見た目が超絶美少女やバチクソイケメンでも
あの言動ならやはり無理になります
これからどこまでファイナルファンタジー14~ウクラマト完全同意編~が続くのかわかりませんが
開発の皆様には今はびこっているネガティブな意見達を
見事に覆すようなこれからのストーリーに期待しています
あくまでこれは自分が読み手として受け取った事で、書いてる人そこまで考えてないよ案件かもしれません
ただシャットダウンでたくさんの人の命を奪う事になってしまった、と思い悩んでしまった人にはこういう「路」(考え方)もあるよというものとして見てもらえたらなと思います
※黄金7.0、万魔殿パンデモニウム、希望の園エデンのネタバレを含みます
前提として
・リビングメモリーのシャットダウンについては賛成意見
・永久人は記憶の再現体であって、元の記憶の所持者本人と同一存在ではない
という点を踏まえたうえで書いています
長すぎて入りきらないと言われたので2つに分けて投稿します
リビングメモリーのシャットダウンについては賛否両論起きていますが、私は賛成寄りでした
昨今AIで亡くなった方の声を学習して会話をさせるというのが問題提起されていますが、それと同じものだなと思ったからです
死後に自分の声が学習されて、自分が思ってもいない事を言わされたらと思うと恐ろしいですね
リビングメモリーは声だけでなく記憶も保管し再現しています、これをグラハと水晶公の関係に当てはめている方もいますが全く異なる状態です
グラハの場合は生者に同一存在の生者の記憶が付与された形になります
塔の中のグラハがそのまま眠り続け、第八霊災が起きて目覚めるまでは未来としてそのまま起こりうる事でした
それを過去に戻り、霊災を回避する事で未来を変えた
グラハが過去に戻った時点で霊災の起きた世界は並行世界として切り離され、そちらは別の次元として存続していくことになったのが漆黒の秘話で語られています
第一世界に渡ったグラハは、それ自身が一つの魂としての質量を持ったままでした
そうしてソウルサイフォンに魂と記憶を込めて、原初世界で眠るグラハと魂を統合した
5.3が終わったあとグラハに話しかけると「同一の存在だから魂が重なった」という台詞が聞けます
これは分割されたアゼムの魂を持つアルバートとヒカセンでも起きた事でしたので、それを考えるとグラハも魂が8重となってヒカセンと同じ質量になったのかと思います
ここでアルバートとヒカセンの統合とは違うのは、全く別々の生き方をしてきた他人ではなかった事です
どちらもグラハとして生きてきた上で眠る前と後の地続きの存在だからこそ、記憶を自分のものとして引き継げたという事になります
対してリビングメモリーは、生者の記憶を再現しているだけの存在です
死者の記憶の再現体がその続きを歩んでいる、形としては似て非なる物だと思います
人間の記憶は所詮脳内を巡るシナプスを通る電気信号にすぎないものである
であればその電気信号と同じものを保管できれば、記憶を保管できるのではないか?という仮説を現実の学者で唱える方もいました
それが進化したのがAI技術だと思います
その人の行動パターンや声や思い出などをAIに学習させて、その人を再現する
SFで夢物語と描かれていたものが現実になろうとしています
しかしこれは再現体であり、本人にはなり得ません
なぜなら生まれた環境が違うから
江戸時代に生まれた方を令和に再現したところで、当時の時代に起きたこと経験したことを学ぶことは出来ません
城は無くなりビルがそびえ立ち、馬や飛脚ではなく車と自転車が道を走り
何なら飛行機が空を飛んでいて、離れた場所にいる人とスマホで会話できる
そんな物江戸時代にはありませんでした、故に当時の人の再現をした所で
その時代の空気や世界を再現できる訳ではないために、完全な本人を作り出すのは不可能です
死者の「自分という者が自分である事」という権利は、誰にも侵すことが出来ない不可侵分野です
アレクサンドリアのIDではスフェーンを蘇らせようとする人達の会話が出てきました
オーティスの演じていた演劇では、本物のスフェーンは病に倒れて亡くなっているのが描かれています
その魂を保管しておいて、オーティスも志願して参加した数々の実験の成果で記憶を元の魂から剥がしとり
再現体として復元したのが、最後に対峙したスフェーンでした
機械の体の本物のオーティスは実験の初期段階であったために、その記憶は魂と繋がったまま移されていたのでソリューション9でスフェーンを守って亡くなりました
リビングメモリーで出てきたオーティスは、実験の前にコピーして保管されていた記憶から再現されていたものだと思います
グルージャにまつわる記憶や、ソリューション9でスフェーンを守った事も知りませんでしたので
つまり本人ではないオーティスの記憶から生まれた存在が、機械のオーティスと同じ時にリビングメモリーでは永久人オーティスとして存在していたという事です
そう考えるとリビングメモリーで出会った人達は、本当にその人本人だったのか?という問いが出てくるかと思います
終わったはずの人生を、コピーされた記憶が自分として続きを勝手に歩んでいる
仮に自分がそうなったとして、それを自分として認められるかどうか
私の答えはNoですね、それは私ではないです
これを現実に置き換えてみると、亡くなった方のツイートを全て学習して作られたAIがそのアカウントで本人としてツイートを続けていたらどう感じるでしょうか
私はこの時点でえげつなさと気持ち悪さが凄くて、NPC達の台詞もこれは死者の本心なのかと思いながら進めていました
その存在自体が、その人に生き続けて欲しかったという生きている者のエゴでしかなかったからです
次のレスに続きます↓
昔はリビングメモリーに生者も遊びに来ていたという話を、NPCから聞くことができます
それは亡くなった人に会いたいという思いからだったのかと思いますが、昔はという台詞から察するにヒカセンが来た時点では生者が長い間来ていないという事になるかと思います
本人は生を終えたはずなのに、ここで記憶は続きを歩んでいる
その歪さに気づいてしまった人が訪れなくなっていったのを表したものなのかと思いました
記憶がその先を歩むということは、その人はそんなことはしないという物も徐々に増えていくからだと
それを指摘されたスフェーンが生者の立ち入りを制限した可能性もあります
エオルゼアでの記憶の扱いとしては、アシエンの転生組が似たような状況かと思いました
十四人委員会の記憶を記憶のクリスタルで呼び覚ます事で、各座のアシエンとして引き上げると
しかしアモンやガイアのように、それまで生きてきた自分の記憶が優位に立つ場面もありました
記憶というものはその人物を成り立たせる上で重要であるが、それは魂を持つ生者本人の記憶であるからこそという感じなのかと思います
またパンデモニウムではエリクトニオスの記憶をその辺の魂に写して再現されたエリクトニオスと、分割された魂が転生した姿であるクローディエンが同時に存在しました
これもどちらが本人かと言ったら、クローディエンの方が魂も本人のものですのでエリクトニオスの記憶と姿だけを持つ方は再現体であって本人ではないという事になるかなと
逆にテミスはボロボロになった魂に記憶を写したとありますが、あれはミンフィリアやハーデス達と同じように原初世界の星海に戻っていた本物のテミスの魂だったのだと思います
本人の魂に本人の記憶を写したので、記憶と魂がセットになっている為に本人としてみていいのかと思います
もっというなら暁メンバーも漆黒で魂と記憶双方をソウルサイフォンに収めて持ち帰ったので、記憶と魂が揃ってこそ本人としての存在となるという事なのかなと思いますね
なのでシャットダウンして行くにあたり、それぞれの大切な人達とお別れしていきますが
ナミーカが最初過去の姿だったのは、死にゆく際の生きているうちにウクラマトの声を聞いたからだと思います
人間は耳が最後に死ぬと言われていて、視覚や感覚が失われていく中最後に残るのは聴覚だそうです
臨死体験をした方が自分の心肺停止の機械音や、周囲で慌ただしく動く人の声や音を聞いていたという話を読んだ事があります
ナミーカの再現体は最後にウクラマトがかけた別れの言葉を聞いた事により、ナミーカ本人は既に亡くなっていて死者に続きがあるはずがないと
記憶も理解しているから、過去の姿を再現していたのかと思います
それがウクラマトと会いあの時声も出すことができず言えなかった、ナミーカ本人が伝えたかった言葉を伝える為に最期の姿に戻ったという事かなと
クルルの両親に関しては特殊な立ち位置で、そのシステム自体を構築した人と組んでいた側でもある為に
いずれ娘がこちら側に来た時の為に、事前にそうプログラムしていてもおかしくないかなと思います
死んだ後に記憶の再現体に生きていた自分達の思い以外の言葉をかけて欲しくなかったから、話す内容について制限をかけていたかもしれません
再現体がその後歩んだ事については何一つ台詞としてなく、クルルの話を聞くことや過去の歴史の説明などに徹していたのも印象的でした
彼等の語った言葉もまた、本人が伝えたくて伝え切れなかった言葉だったのかと思います
カフキワに関しては、シャットダウンを希望したのはカフキワ本人というよりは「記憶の再現体であるカフキワ」だと思っています
最後に願ったのはリビングメモリーで生まれ、広い世界を歩いたことがあるカフキワの記憶を持った再現体がやりたかった事や
エレンヴィルの事を最後まで気にかけていたカフキワ本人の、伝え切れなかった思いや言葉を伝えたかったという事であるのかなと
ただそれだけでなく最後の「アタシの記憶も一緒に連れていってよ」には、再現体であるカフキワの記憶も共にという意味もあったのではないかとも思っています
シェールの言葉を伝える機会がなかったのも、それはシェールがお世話になった生きていた当時のカフキワ本人ではないからかなと
伝えたい言葉は生きているうちにしかその人に届けられない、正論だけどえぐいなぁって思いました
死者の「自分が自分であることの権利」と、記憶の再現体の「生者のエゴにより作られた自身の存在の歪さ」
それらを救う術として自分は納得した上でシャットダウンする事が出来ました
未だ続いているものを終わりこそ救いであると無理に終わらせようとする終焉に抗った暁月と違って、既に終わったものを無理やり続けようとするスフェーンに抗い続く事を終わらせた黄金という対比の形になったかなと
シャットダウン後に残っている人はシステムの都合とも捉えられますが、アナイダアカデミアや漆黒秘話で創造物を作っても魂がそれに宿るかは分からない
周囲を漂っていた魂が創造物に入り込み暴れるというのを書いているので
動力がなくなり消えるはずの作られた再現体に魂が宿った結果、残っていた可能性もあるなと思いました
もしくは再現体の中でも使われた魂の濃度みたいなのが違っていて、テンペストのアーモロートのように練り込まれた魔力のお陰で残ってるのと同じような感じになっているのかも
まぁこれも私が勝手に思っている事なので、「いや全然本人だし世界の部分統合の設定使ってリビメモも原初世界に持ってきて、エネルギーをエーテル稼働型に変換して再起動させますが」ってやる可能性はあります
7.1であるNPCが再登場するのと、急にパンデモニウムの後日談が追加された事により
アロアロと同じく履修してからだとより深堀になるという事なのかも?と思ったので
当たらずも遠からずだったりするのかなーと思っています
長文失礼しました。
ヒカセンが別ゲーに勤しんでいる間にグルージャジャの葬儀が終わっていた。
深夜に投稿した憤りがまだ続いているのでなんか攻撃的な文面になってしまいましたがケンカしたい訳ではないです
確認したんですが
エレンヴィル
「一方、トライヨラの連中は、新たな連王の勝利を心から喜んだ
犠牲者たちの弔いも兼ねた祝祭だったはずが、結局三日三晩のお祭り騒ぎになっていた」
ウクラマト
「オヤジは、葬儀をするならしんみりやるなって、生前から言ってたからさ。
祝勝も兼ねた祭りとして、三日三晩騒いで済ませたんだ」ですね
祝勝にかかっているのであのEDが葬儀を兼ねていた事は間違いないと思います
でもこれに「(先代連王も含めた)犠牲者たちの弔いを兼ねた」の感想をプレイヤーから引き出す為にはあの時点で「俺が死んだら祭りのように騒いでくれ」と言い残してないと難しいんですよ
そもあのED迎えた時点で「あれはグルージャジャの葬儀も兼ねている」って一部のプレイヤーでも思ってたんですかね?
「きっとこれがグルージャジャの願った葬式なんだなぁ」とプレイヤーに思わせる気がないんですよ「トライヨラの国民は悲しみもあれど王様が望んだ通り送り出してくれた、その悲しみを持ちながら、新しい連王の勝利を同じくらい祝ってくれている」って思わせてくれないんですよ
黄金のレガシー7.0はずっとそうなので、あの時その話はしてなかったけど今そういう話だったって事になっているんだねアレというのがまだこれから出てくるんですよきっと
その度に「そういう事は一言一行1ワード添えて置け」って思って楽しい面白いって気持ちを削られていくんですよ、黄金のレガシー7.0はずっとそうなので
確認しました、言ってます、これを直後に出されているならあの三日三晩の騒ぎをプレイヤー目線でグルージャジャの葬儀とするのは無理がありますね
自分で間違いないと言ってますがこれ当時は開発目線でもあれはそういう意味じゃなかったかもしれません
もしかしたら7.0に比べて急に増えたヒントトークをどうにか捻りだす為に無茶をしてくれた結果の齟齬もあるのかな
7.1のヒントトークが急に増えたの嬉しかったですが7.0を見る限りそんな所に気を遣うつもりはまったくなさそうだったので
あくまで「自分の場合は」だけど、7.0EDを見返してみたところスタッフロール後のウクラマトのセリフに、
「復興の計画やらオヤジの国葬やらでバタバタしてたもんでよ。」ってセリフがあったので、
たぶんここで「計画」「国葬」って単語が印象に残って「そのうち国を上げて葬儀をやるのかな」って勘違いしたんだと思う。
でもって7.1で「馬鹿騒ぎで済ませた」って言われたもんだから「(´・ω`・)エッ?」ってなった感じ。
この流れを見て、ウクラマトがコーナと2人でひっそりゾラージャの弔いをするシーンやイベントがあったら少しはウクラマトを好きになれたかもなって思いました。
今しがた7.1終わったのですが、7.0に比べればキャラに話しかけた時のヒントトークや話の流れそのものに気になって止まってしまう部分が少なかったです
キャラの会話文等もちゃんとそのキャラらしい話し方をするというか、話に合わせて知識レベルが下がってしまう事もありませんでしたし
コーナ回りはちょっとうーん?と思う事はありましたが、両親の事に関しては走っていった人の髪の色を見ていてそれがコーナと同じだったとかそういう一文があれば良かったのではって思いますね
ユーザーに提示されている文字や絵の情報が少ない中ではそういった納得できない部分が起きやすいので、それならばいっそ拾ったペルペル族の人に当時の話を聞くフェーズがあっても良かったかと思います
丁度集落に行商に訪れたとかそこはシナリオ都合でいい場面なので、それか向かっていった夫婦の風貌を映像で見せるかですね
明らかヤバそうな敵を生身で受けようとするあたりは、イルサバード派遣団でリムサ組がやってたなぁとぼんやり思いました
引っかかったのはその位で、冒頭タコスちゃんと食べれたのは前回からのフィードバックを受けたものかなと
後は所々ボイスがない部分は、7.0の評価を受けて書き直したんだろうなと思いました
グルージャに情報を見せる事に関しては、内容をまだ見ていないことを提示したうえで本人が知りたいという要望に沿ったものなのと
その後の周囲のキャラのヒントトークで、年齢にそぐわずしっかりしてしまった子供という話をしてるのでそこが読めていれば納得できるものではありました
しかしこうなるとますます7.0はなんだったのか?ってなってしまうので、出来るなら7.0の方も演出や文言の見直ししてもらいたいなって思います
新しく始める人にとりあえず7.1までは何とか進めてくれ!とは言いづらいので
黒いレギュレーターに関してはリアルタイムで記憶の操作を行うだけでなく、差し換えも行っているのを見てヒュペルボレアで見た「カイロス」を思い出しました
あれも条件などを定義して記憶を上書き出来るものでしたので、加えてアレクサンドリア側は魂資源の利用によって死を回避し転生をあまり行わなかったことから
アモンのようにヘルメスの記憶が薄れて夢で思い出す程度ではなく、ある程度しっかりと古代の記憶を持った人間がいるのでは?と思いました
レイノードウィンドの探求の花園の中心にある塔のようなもの、消える前に見た時に月の監視者の館やアナイダアカデミアとの既視感を感じていたので
転生組のアシエンとはまた別で、リビングメモリーなどの創設に携わるプリザベーションの中にいそうだなと思いました
(そもそも"探求の花園"という名前自体が、花畑が多いエルピスを彷彿とさせる点も含めて)
新車両完成クエスト後にエレンヴィルに話しかけると
「おたくと列車に乗ってヤースラニ荒野に向かうはずが、結局できず仕舞いだったことを思い出したよ。別の機会に、またいつかな。」
というセリフがありますが、これ、きっとユーザーの声を受けて追加したんだろうなーって思いました。
実際そうなのかはわかりませんが、そうだとしたら良い追加でした。
7.1を異様だと感じたのが何でも受け入れるグルージャ
感情がないのかなと思ったけど、たぶん感情が固定されてる感じで一つも感情の波がない
受け入れることありきで進んでるように見える10歳未満の子どもに理解できるとも思えない(マムージャの成長速度はわからないですけど…)
7.0でも感じましたが7.1でより強く感じるように、これはあとで回収する伏線なんですかね?
虐待されておかしくなったとか?ストックホルム症候群?
言い淀んだり、取り乱したり、走り出していったり、呆然と立ち尽くしたり、泣いたりするなら分かるんですけど
あの辺りは本当に異様すぎてストーリーに集中できなかったです
EDのアレが葬儀なら何故ウクラマトの台詞が「~三日三晩騒いで済ませたんだ」なのでしょうか? この言い回しはその場に居なかった人間に対する説明なので、オヤジの葬儀にヒカセン呼ばなかったのか…家族のように思っているといいながらという感想を抱きました。
理王に知性を感じません。
ロネーク庇うシーンもあれですし突然の自分語り、、、。
真相聞いた後のシーンでの、その子供、実はオレっなんすよ!みたいな台詞はダサ過ぎます。
せめてあそこは『きっとその子供は、新しい家族や仲間に出会い幸せに生きている』とかニュアンスで表現した方が良かったとおもいます。
ヘイザを知る関連の話って屠畜の描写をしなかったじゃないですか
列車の音にさえ敏感なロネーク達が屠畜の後の人間に何も感じないのか?とかそういう所はまぁ無視してもいいとして
以前狂牛病が国内で流行した時、まぁ色々は当時の政治家批判になってしまうので割愛しますが
和牛の一等賞を取った肉牛の骨を持っている畜産業の方が取材されていました
ストレスをかければ肉が固くなり甘やかしすぎればただの脂になってしまう、牛の体調を見て放牧と飼料を考えて身ぎれいにしてやる
そうやって数年間かけて育てられた上位10頭くらいの牛の中で一等賞を取れるのは長い牧場主人生でも1度か2度あるかないかだそうです
牛と過ごした思い出話とその牛がどういう牛だったか、一等賞を取ってくれた時どれだけ嬉しかったか。っていう話もしてくれていました
そうやって育てられる牛にはきちんと名前がついています、番号ではなく名前です
ことブランド牛にかけられる労働や感情コストをどう呼ぶか、ただの仕事と思うかその仕事は愛がないと出来ないものだと思うのか
価値観の話になりますね、黄金のレガシーの事前情報に合ったものだと思います
でもそういう描写をしなかったじゃないですかヘイザを知るに、メワヘイゾーン編に、もっと言えば黄金のレガシー7.0に
利用方法は話されていましたが、ヘイザの人々の感情コストがロネークに対してどう向いているのか
そういう描写がないから「大切な家族」がずっと上っ面なんですよ
「この梁は子供の頃世話をしていたロネークの骨なんだ、まだ私たちを守ってくれている」
「この皮は生まれた時から世話をしていたロネークの皮なの、立派な毛皮になめしてあげなきゃ」
あったんですかね?ロネークは余すところない最高!という話は聞きましたが、それがどういうロネークかって話ありましたか?
私はヴァイパーをやっていませんからわかりませんが、祖霊という大きなくくりをしているから個とする必要がないんでしょうかね
骨は骨で皮は皮でしかないなら墓に名前がないようなものだと思いますが、だったらそういう話を入れておかなきゃ伝わらないんですよ
シナリオを書いている人たち同様、私を含めたプレイヤーの多くは身近で屠畜済みの商品を見るだけの現代人なので
ゲーム内で豚がいた教室を描くのは難しいのはそうなんですけども、だったらメインから種を撒いてほしかった
でも黄金のレガシー7.0は剛腕なのでそういう所気にしないまま「十把一絡げの家畜の為に命を投げ出す理王」が爆誕しちゃうんですよね
過去もコーナの中で片付き、更にお得意様取引に続くようにねじ込まれてるからずっと剛腕
報酬ロネークステーキ、ブラックジョークが好きなのがスクエニらしいのでこっちに入れたらよかったんじゃないですかね
牧場行った後のお昼は敷地でバーベキューみたいに、面白いでしょーってネットミームとか入れこんでくるのにこういうの外しますよね
他のコメントでも言われてますが、理王・武王両者が「王様なのに、なんで国外をこんなふらふらほぼ一人でうろつけるんだろう」と気になって物語になかなか集中できませんでした。
フットワークを軽くしたかったのなら、二人を王様じゃなくて王子・王女の立場のままにしておくべきだったのでは。
特に、たった1匹の家畜のために、突進モンスター相手に命を張る王様とか意味がわかりませんでした。
理詰めで説教すると言われている人が、自分の立場も忘れてこんな無責任で無謀なことします?ファンタジーな王国の内政とかなめすぎでは。
ここらあたりのクエストやムービーは常に「ありえんわー」とツッコミまくりながらやってました。没入感どこ…?
それとは別に、グルージャジャのキャラ設定がすごいご都合主義になってきてるな、と感じています。
父親像が分からなくなるぐらいのトラウマをゾラージャに植え付けているようなポンコツ親父だったわけですが、養子二人にはイイ親父認定されているのが違和感ありすぎです。
グルージャジャに養子たちには見せなかった二面性があるような描写もなかったわけですし(双頭だけど)。
物語の本筋ではないところで「読者」に違和感を覚えさせているのはもったいないと思います。
クエストの長さ的には長すぎず、ちょうど良かったと思いました。
今までは映像が入れられない場所は台詞で、台詞が入れられない場所では映像でそれぞれ不足しそうな情報を補っていたのですが
黄金からはそこの補い合いの連携が薄いなと感じてしまっています
絵も小説も漫画もかけるという人は稀有な存在ですので、そういう人に頼る仕組みはその人が居なくなると破綻します
なのでその辺も変えたと思うのですが、そうなると突き合わせてのチェックがこれまで以上に必要になるので
読者に提示されている情報が不足していないか、文章や演出などで提示した事がなかったものはないか
聞いて、感じて、考えてするにもそもそも聞く部分の情報がないとその後が続かないし
知って、好きになるの知る部分になる情報がなければ好きになれませんし
読む方はそれまでに文章や映像で出てる情報が持ち合わせる全てです
最高の布と最高の糸があっても、それを最後にきちんと縫い合わせる人がいなければ服は成り立たないので
糸の太さが場所によって違ってたり、ズレてぬわれて引きつれていたり、ボタンつけ忘れたりして上手く着られない服になってしまわないように
全てを縫い合わせ製品として仕上げる工程は特に大事にして欲しいなと思いました
コーナが命をかける場面に関してはロネークへの思い入れの強さを表現しきれてなかった故かなと
元々ウクラマトが攫われた時に冷静になれずにいたり、高所から落ちる場面で身を挺して受け止め怪我をするシーンがあるのと
20年前の出来事で当時子供だったという所から今20歳以上なので、現実で言うと大学生〜社会人数年目位ならまぁ若気の至りみたいな部分も出るかなとは思いますし
そもそも両親が子供を守るために身を挺するという情報が出ているので、その両親の子供となると元々は熱血漢な部分があると考えられます
理王に憧れ知の都に留学する中で、後天的に理の気質になって行ったと考えればありえない事ではないかなと
ただロネークに対する思い入れが長く兄弟として過ごしたウクラマトと同じくらいになるような出来事や経験というのが読者に提示されないまま、そういう場面を急に出されても唐突すぎるとなります
散歩している中で懐かれたというのも理由が急ごしらえすぎますし、コーナの出身部族から逃げ延びてきた個体の子孫だったとか強い思い入れに繋がりそうな具体的な理由づけがないままでしたので
そういう部分で情報が不足している、情報が唐突に出されるとなってしまうのかなと思いました
トライヨラが国として危ういのは実際そうなんじゃないかな。
今回の、連王が護衛も無しにあちこち問題に対処したりメガネを犠牲にロネークを守ったりは、手本にできる王がグルージャジャしか知らないからじゃないかと考える。
そもそもトライヨラは国として生まれたてで、グルージャジャが外国に対抗する為に大陸のあちこちで各地の問題に対処しながら有志を募って何とか国と呼べる形にしただけの段階だと思う。
原始的な生活から100年もしない内に、エーテライト・気球・機関車ができて黄金のレガシーの物語でラザハンに貸しを作り、ややこしさを極めた外交問題のある新アレクサンドリアもでてきた。
状況に対して、連王含めたトライヨラ国民が全く追いつけていないんだろうと思う。
ただこれは、作中で描写されていない以上は私が物語に納得する為に考察してできた妄想でしかなく、これまでの作中であったトライヨラの問題にしっかり理由があるならはっきりと描写すべきだと思います。
今回の主人公達が導く役割だというのなら、連王に今まで主人公達が見た様々な国の形を教える位はしてても良いと思う。なんならグ・ラハは経験者ですし。
まあ、わたしは一人であちこち出かける王様は嫌いじゃないですね。ありです。
何なら第一世界で護衛付けずに行動してた見本がいますしね。