前提となる認識が自分とは(当然と言えば当然ですが)異なり
「数字上の水準をクリアしてる範囲でなら頻度を問わず、ジョブ固有の遊びに妥協を要求されるのは仕方ない」
と受け入れられてらっしゃるのではないか、という事です。
自分は数字の話は「取り回しの面白さ向上案」についてシステムの面から語る上では、その反論に用いる意義のある項目では無いと思っています。
何故なら、どの様なジョブシステムであれ、後から数字の調整を施されるだけで数字上の妥当性は確保されてしまうが故に
詰まらないジョブシステムでも強ければ有意、面白くても弱ければ無為と見做される、遊びにしては不毛に思える意見の糸口にしかならないからです。
(脱線しますが、これは紅蓮の極み実装性能判明の段になって巻き起こった議論、批判が証明しています。
紅蓮の極みが遊び甲斐皆無であったと言うつもりはありませんし、クリティカル、DH、闘気運が兼ね合わさった場面では
フライテキストを見ているだけでも楽しい、という事も実感として確と有ります。しかしあのバフのシステム上の実態は結局
「1GCD内2アビ織り込み」という外様のルールにモンクを、ジョブの個性=遊びを殺して当て嵌める事でしかありません。)
自分が言いたいのは、妥協「だけ」をしなくても、それを数字上の妥当性から呑みこまなくても、楽しく遊べる「余地」を作れないか、という事です。
Gestimさんが仰る理屈の通りに、クリア水準への到達は今まで通り妥協しても出来る様にした上で、その更に方向指定orその免除効果起動操作を
追及する余地を設けられれば、それは即ち極め甲斐、遊びの追及の深みを持たせる事に繋がらないでしょうか?
使いたくなければ、使わなければいいのです。これは14のバトルシステムで揶揄される「○○アリキ」を脱し得る落とし所とも考えられると思うのです。
尤もこの案は現状のままでは数字を逐次監視するツール使用者以外に手応えを感じづらいものなので、方向指定成功を確認できるシステム側のフォローを
併せて要望したい所です。
(スイッチ→)トグル式操作(及びその判断)が煩雑になるのでは?というご指摘ですが、これにも反論が可能だと考えます。
思い出して頂きたいのは、以前のPLLで吉田氏がジョブ設計について語る場面で、珍しくモンクについて言及が及んだ際、「迅雷4の要求は把握していたが」と述べられていた事です。
そして上記の通り数値性能とトレードオフで犠牲にされた紅蓮の極みの操作感と、新攻撃スキル皆無な事への不満。逆に好評だった4.2の踏鳴、闘魂機会の増加。
これら全てが、モンクの積み上げてきた遊び甲斐の本質、需要、その向かうべき先を指し示している様に思えます。
即ち「手数=操作頻度の維持、望めるなら向上」です。
攻撃アビが1~2種足されていれば、通常ローテ中は勿論紅蓮の極み中も、スロウに感じる暇を与えず新旧攻撃技をつるべ撃ちする楽しさを味わえた筈なのは、想像に難くありません。であるなら、ジョブ個性を活かしていると思える性能のスキルを局所に応じて挟む(トグルOn/Off)操作の介入は煩雑などではなく、受容され得る余地は有り得ると思います。
Gestimさんの短勁の案も実装されたのを想像すると工夫し甲斐があって面白そう!と思う次第でもあります。が、例えばアルファ編零式各層での散開、集合、離脱の局面を思い出して頂きたいのですが、リキャ90の使用可能頻度に比して効果がWS次弾1つ分に限定されると、WS1発単位の見極め精度が要求されるのに発揮される遊戯性は極々僅かで、余裕が無い仕様の様に思えます。
自分がトグル式を想定したのは、見極めの技量を向上させる事でコストを削減できる余地=冗長性を持たせたかったからなのです。慣れないうちは前以て使い始めればいいし、見極め技量が向上したら即撃ち即切りすればいいわけです。
継時消費コストの負担の重さ=数字上の塩梅はこれまでの攻撃スキルの威力調整と同様、開発陣の諸々調整次第で面白いかストレスかが簡単に左右されるので、想像の内では、その仕組み自体への懸念には及ばないと思います。或いはその方向指定免除バフスキルをMP継時消費型に、気孔術をMP回復性能として実質セットにしてしまえるなら、迅雷維持に直結するWSローテーション保障と上記の「使用頻度と時間の見極めの遊び甲斐」は共存できると思えます。
発動コストの闘気に関しては、自分の闘気充填法改修案とセットになっているアイデアなので、近々のポストでご紹介する機会が有ると思います。
後出しの形で申し訳ありませんが、宜しければご参照ください。