高揚ルールからの必然的帰結としてそうなるって話であって、実際に要求するかどうかの話ではないと思いますが。
最初から勝つ気がない人は別ですが。
ていうか
・高揚が付くことを避けるわけでもない
・自殺するわけでもない
・デジョンするわけでもない
・みんなで高揚を守るわけでもない
となると最後の2分くらいで言いように袋だたきにされるんですがボーナスキャラとして中央棒立ちするんですかね……?
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高揚ルールからの必然的帰結としてそうなるって話であって、実際に要求するかどうかの話ではないと思いますが。
最初から勝つ気がない人は別ですが。
ていうか
・高揚が付くことを避けるわけでもない
・自殺するわけでもない
・デジョンするわけでもない
・みんなで高揚を守るわけでもない
となると最後の2分くらいで言いように袋だたきにされるんですがボーナスキャラとして中央棒立ちするんですかね……?
本当にコンテンツ的な勝利を望むのであれば、自殺にストレスを感じる余地もないのです。
ポイントのコントロールも、バフの排除も、呼吸をするより自然にやってしまい、疑問を感じるということがまずないはずなのです。
他の方がemanyon氏に対して、不思議に思っているのは、「勝つためにやっている」と連呼しているにも関わらず、その手段に抵抗感じていること、そのポイント自体です。ストレスであるということは、勝利を望むより、べつの興味を優先したいと望んでいるわけで、ゲーム進行の直線上にないポイントのために、何故そこまでするのかわからないでいます。
emanyon氏は、ご自分の視点のズレを感じられないまま、他の人がわかってくれないことにいら立っておられますね。
えーと、私はどちらかというとMiaEstさんが何を言ってるのかさっきから全く分からないです。
必要があれば当然デジョンするし自殺もするし隠れもしますが、それと「これ不自然なルールだよな」という考えを抱くことは全く別ベクトルのことですので。
ここを混同してる時点でMiaEstさんの言い分は全くの意味不明ですよ。
それに加えて、挙げられているような(絵面としては間抜けなものばかりですが)現行のルールから割と自明に出てくる類いの高揚対策を
「ローカルルール」とか「プレイヤー間の取り決め」とか言っているあたり、あまり殲滅戦やったことないんだろうなとは思いました。
なので実際に自分で4キル取ってさて高揚付いちゃったけどどうしようかみたいなのを実戦で経験してみたらいいのではないかと。
純粋な疑問ですが、逃げ切りって忍者二人とかに隠れるからAR同時撃ちとかされても防げるものなんです?
実際に点数を管理する側(指揮)のプレイをすればわかってもらえそうなんですけどねー
大味な殺し合いというのはそれはそれで楽しいものだと思います
72人を中央に集めて戦わせる以上は仕方ないことです
しかしそこに殺し合いを純粋に楽しめないような要素が入っているのはどうなのか、というのが私の主張です
好みの違いであるとするなら、「序盤多く敵を殺すと不利になる」かつ「その一番の対策が戦わないこと」になるゲームが
楽しいと感じるかそうでないと感じるかです。私はそうでない側です
殲滅戦ってそもそも殺し合いありきなのでは?
殺し合いありきの上で逆転要素が欲しいというNico_rekkaさんの意見はまだ分かる(程度問題だと思う)んですが、
殺し合いありきじゃなかったら一体何のゲームなんだろう。
えっと、話が飛び飛びで何度も説明する状態になっているので軽くまとめますね
殲滅戦の仕様として
・点差で1位100%、2位125%、3位150%のAR増加ボーナスがある
・戦意高揚(4KILL)は150%、強(8KILL)で200%のAR増加ボーナス。死亡時のリスクはそれぞれ4倍、8倍
これ+中央に集約される三つ巴というシチュエーションによって
点数は抜きつ抜かれつの様相になることが多いわけです(もちろん例外はあります。傾向の話です)
つまり15分の戦闘時間の内、最終3分で誰がトップに躍り出るかという勝負になりやすい
10点もリードすればその勢力は当然のように狙われます
このルールにおいて「(序盤から終盤にかけて)8人殺したから(特に重要な終盤で)8Pのデッドリスクを負う」という状態になる
高揚のデッドリスクは果たして妥当といえるのか?
(わかりやすくいえば、このデッドリスクはその一人の生死がその戦場の勝敗を決定的にするレベルなんです)
またその対策(戦闘に参加しない。高揚を消す。高揚になる前に自殺する)はゲーム的に面白いと言えるのか?
というのが私の主張になります