自分も家族を亡くしてますが引き合いにされるのは正直心外です。
言葉というのは何百年も前から時代とともに意味は変わっていくものです。
変わった言葉を挙げれば私達が日常で使っている言葉でも大量にあるでしょう。
ラウバーンの「貴様」もそうですが、例えば「素晴らしい」という言葉は昔は「酷い」という意味合いに近いものでした。
こういう言葉が変わっていく様と「それを使うのは不適切だ」という議論がかわされるのはもはや様式美です。
より人々に理解しやすく語感もよく浸透しやすいか、それによって決まるもので本来の意味合いは対して意味をなしません。
主さんは脳死が不適切かどうか云々というより、
「言葉が本来どういうツールなのか」をもっと理解されたほうが良いと思います。
