相手が悪なら、殴る時に心が痛むこともないし、そいつを殴る自分は正義だ、と酔うこともできる
周りで見てた連中も、よくぞあいつを殴ってくれた、倒してくれた、と褒めてくれるかもしれない
それはとても気分がいいだろうし、自分は正しいことをした、正義を行ったと感じられるだろう
倒れたあいつは無様な悪で、吐き出す言葉は負け犬の遠吠え
人々は正義である自分の味方で、そいつの味方をする奴は誰もいない
誰もが正義の自分の名を呼んで、悪であるあいつの名を吐き捨てる
正義である自分が悪を殴るたびに拍手喝采、悪である相手が殴ってきたら大ブーイング
皆が正義である自分の勝利を願い、悪であるあいつが負けることを望んでいる
そういう状況でなければ、自分が正義でなければ相手を殴れない?
自分たちが戦う相手は悪でなければならない、自分たちが戦う相手は悪だ、というのは、それは危うくない?
