そういう話をするのはもっと落ち着いてからでよいのではないですか?
氏のご家族の方々や近しい方々はまだ悲しまれている最中なんですよ。
落ち着いてから、氏の意向を知る方々と運営の間で某かの企画なりが提示されるのなら、それを楽しみましょうよ。
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そういう話をするのはもっと落ち着いてからでよいのではないですか?
氏のご家族の方々や近しい方々はまだ悲しまれている最中なんですよ。
落ち着いてから、氏の意向を知る方々と運営の間で某かの企画なりが提示されるのなら、それを楽しみましょうよ。
神格化してる方には申し訳ありませんが、ユーザー増員に一役買った方という認識しかないです。1プレイヤーをそこまで持ち上げられても?という感じしかしません。どちらかというとそういうものには不快感しかないのでやめて欲しいです。
おはようございます。
個人的な意見をかかせていただきます。
私も方向性が違うと思いますが、スレ主さんの気持ちってとても大切だと思いますよ。
自分のことで恐縮ですが、今年実母の7回忌に立ち会った際、お坊さんから説法をいただきました。
要約すると葬儀等は故人を思いしのぶもので、その後のお別れの会というものは、生きている人間の心のよりどころを作るものだというものです。
直接的な関わり合いは無いから葬儀等の列席はできないけど、なにかしたいという気持ちはとても大事なことだと思いますし、このスレに書き込みされている方も少なからず共感できることがあると思います。
某アニメでもありましたが、例えば日本の各DC・サーバーの垣根を越えて、定めた時間に、町だろうがフィールドだろうが、零式のコンテンツ内でも、一瞬だけ手を止め足を止め、ただ故人を思って祈りをささげる…だけでも、この世界では奇跡みたいなものなんですよね。神様たちの力を安に借りなくても。
私はいちプレイヤーとして、そういった呼びかけに賛同して、弔意をしめす思いはあります。
だから、あの人がずっと願って思ってくれた、この世界とコミュニティの力をもっと信じてみませんか?
あ、そうだ。ひとつ忘れてた。
公式からお悔やみもでてましたし、ここフォーラムに弔意を書き込むスレッドがあっても言いと思ってますが……どうなのかな?
弔意を示すなら示すで全然良いと思います。
Twitterなりロドストなり好きなところでやれば良いかと。
ただ光のお父さんを見ていない自分にとっては「なんか有名な一般プレイヤー」程度の認識です。
そのただのプレイヤーの死を大々的にされてもなぁ…と。
そのうちNPCとの会話にこっそりとそれっぽい事入れておくぐらいなら良いと思いますけどね。
「首席奏者のトランペット」というハウジング家具はまさに分かる人には分かるものでしたね。
他者が故人の思いを勝手に代弁するものではなく、知らない人には良い家具だと思えるような、
こういう形で残すのであればアリかな。
弔意は各々が示すことであって、誰かに頼むものではない。
自分たちで考えて、自分たちで行動する。
自分たちなりの弔意を示せばいい。
運営の力を無償で借りようとするのはちがう。
ごめん一言追加
この件で上記のことを書いたが、
個人を責めるのはちがうと思うしだれも喜ばないとは思う。
そう聞こえたなら申し訳ない
気持ちが分からなくもないけど個人個人で行うことであって
全ての人を巻き込むものではないのではないかと思います。
何かをするということであれば例えば、
運営が感謝を表したいという思いで
マ族のイディというミコッテNPCをどこかに作って実はモデルがいる
っていうちょいネタくらいなら誰にも迷惑にはならないんじゃないかな、と思いました。
フォーラムに書き込むのが初めてとなりますのでお見苦しい点があれば申し訳ありません。
ただ、この手の話題が尽きないのでコメントさせていただきたく。
まず、弔意の表現方法は自由ですし個人で祈るなりコメントを述べたりするのは構わないと思います。
ただ、それは個人的に自発的に行うものだから許容されるのであって、人に押し付けるのは相手の立場を無視した自分勝手で我儘な行為でしかありません。
運営の立場を考えれば、1プレイヤーのために世界観を損なうような対応をしてはそれ以外のプレイヤーが全員納得できるようなものでない限り信頼を損なうものとなってしまいます。
特に、あなたが望むものは遺族の方や故人に近しい友人が喪に服している状況において議題にあげることすら本来はばかられるような、人の死をコンテンツとして利用しようとする行為だと思いませんか?
今回Twitterなどでコメントを残されているのはそういった制限がある中で運営側ができる最大限の弔意の示し方だとなぜ考えられないのでしょうか。
私自身、彼のブログを読んで、彼に憧れて、彼の愛したエオルゼアに惹かれて始めた1プレイヤーです。
ですのでブログ、書籍、ドラマ、映画を遺し、有名になりつつも「ただの1プレイヤー」であろうと当人も生前仰っていたことを考えればこのような彼の愛したエオルゼアの世界観を破壊する提案は自分勝手なものでしかないと理解できるのではないでしょうか。
公式の発表がさっきあった以上それ以上のものを求めるのは野暮だと思うのでこの話題はこれで終了でいいと思います
そうですね、少なからず11月ごろから騒ぎ出している人たちよりはるかにマイディー氏と親交が深い吉Pが直々に弔意を表したのですし、
外野が騒ぎ立てるのはもはや完全に野暮でしょう。
弔意については同意しますが、彼個人の銅像については反対します。
初期からコミュニティの一端を支えてくれたブロガーであり、開発側とも交流があったとはいえ、
特定の有名なユーザーだけを持ち上げて讃えることは、
地道な支援に徹してきた故人の理念に反しているのではと考えます。
しかしながら、今までも国内外を問わず、
残念ながら亡くなってしまったヒカセンたちもいらっしゃると聞きます。
特定の誰かの姿ではない、エオルゼアの冒険半ばで倒れていった名も知らぬ同志たちを偲ぶ、
オブジェクトとしてターゲットできない、ささやかな『冒険者たちの碑』が、
グリダニアの湖岸にひっそりと建っているのも良いのではないでしょうか。
世界観に合わないので反対です
その御方がFF14を盛り上げてくれたのは確かですが蒼天街の一連のストーリーに何か関わってたでしょうか?
ハウジングアイテムとして実装するのは別にいいと思います。使うかどうかはハウジングの所有者が自由にすべきですし
ただ勝手にハウジングエリアの公共の場(他のフィールド等)に像が立つなら反対です
吉田さんの記事をここで知って読みました。我儘と仰っていましたが、我儘でもなんでもなくむしろロドストのお知らせなどもっと分かりやすいところに書いてほしかったです。
個人を特別扱いしないで欲しいみたいな嫉妬の声があるせいであのように分かりにくい場所への掲載になってしまったのでしょうか?
特別扱いとかじゃなくてマイディーさんは特別です。訃報があった当日はヤフーのトップニュースにも掲載されていました。
開発から直々に追悼されヤフーのトップを飾るような世間の関心を集めている事です。誰から見ても明らかに特別なので1ユーザーとして扱うのは逆に不自然です。
光のお父さんなどの宣伝などはロドストを使って告知をしたのに亡くなった時はPがひっそりと追悼しないといけないなんて事はあり得ないので吉田Pが好きなところで好きな発信をしてください。
応援しています。
吉田PDのメッセージは1人のプレイヤーでありある意味ビジネスパートナーであったどなたかに対しての弔意の表明であって
FF14というゲーム内のキャラクターに対してでは無いと私は受けとりました
我々はゲームを通してしか故人を知りませんが、かの人物を1人の人間として尊重するのであれば
それをゲーム内の1コンテンツとして消費しようなどと言うのは上等な考えとは思えませんね
サービス終了の日にもう一度氏が失われるのがそんなに見たいですか?
いいと思いますよ。銅像にnpcにセリフに匂わすなど素晴らしいアイデアです!マイディーさんは1プレイヤーではないですから。なのでGLAYのTERU氏が亡くなったら彼の銅像たてましょう。歌を流しましょう。おかずクラブの配信者が亡くなったら思い出の場所にnpcをたてましょう。なぁんて、まあ普通に考えてキリがないですよね。特別だろうが1プレイヤーだろうが結局はそういうことだと思います。
吉田プロデューサーが、出した彼への言葉でおしまいでいいと思います。十分です。これ以上は無粋だと思います。最後になりましたがお悔やみ申し上げます。
もうエオルゼアでマイディーさんの姿を見る事はないし、ブログも更新される事もない。
けれど、彼の心や志は、多くの人の心の中に生き続けている。
もう姿は見えないし、声は聞こえないけれど、確かにそこに存在しているのだと思う。
だからもし今、彼の存在を感じられないのだとしたら、もう一度、彼のブログを読んで欲しい。彼の足跡を辿ってみて欲しい。
きっと何かに気付けると思う。
そして願わくば、彼の為にではなく、あなたの周りにいる人達の為に、その「気付き」を伝えてあげて欲しいと思う。
それが1番、あなたを幸せにする事だと思うから。
まずマイディーさんはただのプレイヤーです。私達と同じ光の戦士です。
功績は大きく、著名であることも分かりますが、その功績などの実績を外野が運営に求めることは浅はかなのではないでしょうか?
ご遺族やご本人の遺言、またFCの「じょびネッツア」の面々が求めるであれば理解はできます。
マイディーさんに親しい人たちがNPC化や石碑を建てることを望まないかぎり、こうした意見はお門違いです。
私達外野がマイディーさんの死後にあれこれ運営に求めることは、ご遺族やFCメンバーの方々の迷惑になりかねます。
こうした「銅像を作って」「NPC化して」というのは、マイディーさんを知らない一般プレイヤーがどう思うのか、また明らかに反対者もでる意見を述べ、世論が2分化することで、ご遺族やFCが悲しむきっかけになりえるということが何故考えることできないのでしょうか?
吉田Pがわざわざ「プロデューサー兼ディレクター」で弔意を表明した意味をNPC化希望と言っている人はわかっていないように思えます。
銅像って何だろう。
故人を偲ぶためのものなのか。
栄誉を称え、知らしめるものなのか。
あえて言うなら、後者だろう。
世の中、知らない人の銅像はいっぱいある。
有名人だし功績もある。運営とも交流があったのなら作るのは問題ないだろう。それを促すことも。
本当に作るわけじゃなし、絵に描くようなものだ。好きにすればいい。
追悼ユーザーイベントがあるのなら、できるかぎり参加したいとは思う。
徒然なるままに・・・
マイディーさんが好きだったこの世界で自分達が出来ることを考えて行動する
それだけでいいのではないか…と思います。
仰々しく初心者支援なんて考えなくても身近な人とコンテンツにいく…とか、FCチャットやビギナーチャットで『お手伝いお願いします』に応えて一緒に行く…とか
スレの趣旨とは外れてますがこう思います。
つか、運営側からや遺族側から話があれば別でしょ。
最も故人に近い人からの話でFF14の中にとどめてほしいって
意見が出てもそりゃそうだって思うしね。
ただ、書籍やブログや映画だけをみて第三者が祭り上げるような
事を提案するならそりゃ各個人の死者への倫理観から否定的な
話が出ても仕方ないし何よりそれ自体が「前向き」な話と捉え
られなくても当然。
もうね。この話って個人が感じる感情論の話でしかないのよ。
その時点で否定しかできない感情の人もいるって思わないと
議論にならんさね。
過去に海外でも著名なプレイヤーさんが鬼籍に入られて多くの方が悼んだ実例もありますが、その時もNPCや銅像は立ちませんでした。
既に彼の功績はブログ・ドラマ・映画・書籍と形になっているので、ゲーム内に形を残すのは違うと思います。
形に残すならばドラマや映画のディスク、書籍などを買うのが一番かと思います。
この問題、自分に置き換えてみれば簡単です。
「最愛の存在を喪ったとき、そのそっくりな人形を貰って嬉しいか?」
自身の経験ですが、愛犬を2年間の闘病の末に亡くした時のこと。家族の知人程度の人が私が酷く落ち込んでるを知って、周囲にカンパを募り愛犬そっくりなまがい物の人形をくれたのです。なんでも1年待ちの作家さんにゴネて半年で作ってもらったとかいうおまけ付き。
そのときに私が言った言葉が上記。相手は犬と人間は違うと反論しましたが、もうそこで意見の相違。相手(私)の気持ちも考えない自己満足。
今は悲しみを昇華する大事な期間です。
何もしないでそっと見守るのが優しさかも。
実際のプレイヤーをNPCにしたのはWorld of Warcraftなどでも先例があるしそう珍しいことでもないんですよね。個人的にはサスタシャ脇の初心者の館に名無しのNPCとしておいて、吹き出し芝居で新米冒険者に指南しているみたいなのがいいかなと思う。銅像はさすがにやりすぎかと。
現実世界での死をゲームに持ち込まないで欲しい
人の死をイベントのように扱ってほしくないし、わたしは誰かを弔うためにゲームをしているわけじゃない
たとえ制作に深く関わっている開発のトップが同じことになったとしても、それをゲームに持ち込まないで欲しい
【ゲーム】を楽しんでる最中にそんなもんみたくない
ユーザが勝手に企画して、そういうイベントを開いて、いきたい人が行くなら別にいいけどね
彼の影響で始めたひとりです。非常に残念ですし悲しいことです。
さて銅像を!との空想に対して私の個人的見解を書き記したいと思います。
銅像なんていらない。
開発には何かしらのサブクエでマイディーさん似のNPCがちょろっと出てく来くるとか
シーズナルイベントののイラストに似ているキャラがちょろっと出ているとかそういう
ちょっとしたことを期待しておりますが、大々的なものは期待しておりません。
思い付きとか空想は、チラシの裏にね。
光の戦士ならよく知ってるでしょう?狂信者の祈りによって生み出されるもの…
蛮神って呼ばれてますよね。
蛮神召喚したいですか?
氏の逝去は同じプレイヤーとして悲しい気持ちはありますし、
ご親族や関係者の方のご寂寥は察して余りあるところであります。
しかし、必要性が無い以上、像やNPCの設置はするべきではないと思います。
私はゲームである以上、現実世界での死などの重い出来事をあまり意識させて
欲しくありませんし、像やNPCを設置する場合、それに対して不適切な行動を
(プレイヤーにその意識がなくても)プレイヤーが取り、騒動になるようなことが
あってはならないと思うので反対します。
また、海外のゲームでプレイヤーがNPCとして登場することがあるのは事実でしょうが、
(WoWのジェンキンス氏などのことだと思います)
これだけネガティブな反応があるということは、単純に日本ローカルでは
プレイヤーの像やNPCの設置に抵抗感が強く、海外では弱いというだけの話であって
「海外(おそらく米国)のほうが妥当である」という根拠にはならないように感じます。
日本の事例として発売前のゲームを余命短い方にプレイさせたという話が
例として挙げられていましたが、これは対象のプレイヤーの状況も、開発側の動機も
異なる話であり、今回の件と比較するには不適当なのではないでしょうか。
あと、分かってもらいたいのが、一部に「薄情」とか「嫉妬だ」とか言われていますが、
像やNPCの設置に反対の人たちのほとんどは、氏を悼む気持ちが劣っているわけではない
ということです。ただ、弔意の表し方や功績をたたえる方法についての価値観が
違うだけであり、薄情なわけでも、嫉妬しているわけでも、柔軟性が無いわけでも無いのです。
もちろん逆もまた然りで、像やNPCを設置してほしいするプレイヤーの意見を、根拠なく
偽善であるとか(宗教的)崇拝であるとするのは中傷に類するものであり、不当であると思います。
正直故人の近しい方達のアクションを待つしか無いと思います。
12月6日に亡くなられたって事は事の真っ最中でしょうし。
個人の感覚ではありますが、プレイヤーのいなくなったPCはきっと見えない所で冒険者としての生活を続けているのだと思っています。わたし達のキャラクターが、わたし達自身がインできない日もどこかで冒険を続けているのと同じように。
マイディーさんというプレイヤーを悼む気持ちを、マイディーという名前のミコッテまで亡くなった事にして表現するのはおかしな感じがします…が、多分キャラクターを自分のアバターとして捉えている方には伝わりづらい感覚である事も理解できます。
ここは埋まりようのない感覚の違いなので、どちらがいいという問題ではないのですが。
こんな事してないでほっといてやりなよ、、、
マイディーさんの像を建てると大変不謹慎ですが、有名なプレイヤーがこの先亡くなった場合に「○○さんの像も建てて欲しい。」「なんでマイディーさんだけ建てて○○さんのはダメなんですか。」と少なからず声があがるでしょう。
ですので、マイディーさんに関して何かしらするなら例えば課金アイテムで肖像画とか、ミニオンを販売して売り上げを癌治療の発展に寄付するなど工夫するといいかもですね。
それでも、そんなことより別のことに開発コストを使え!って批判の声も上がるのでマイディーさんの意思は影響を受けたプレイヤーの胸にしまって、FF14を楽しんでいけば良いと思いますよ。
そもそもゲーム内もし建てたとして、
ゲームのサービス終了後はどうするんでしょうか?
たかがゲームのデータだからに成り下がるんだろうか?
「彼の記念碑を訪ねたければ、あなたの周りを見渡してみると良い。あなたの探しているものはきっとそこにあるだろう」
かの任天堂の中興の祖、山内溥氏が亡くなった時、とある海外のゲームサイトに寄せられた言葉です。
ここで指している記念碑とは、氏の育てた任天堂によってもたらされた
数多のエンターテイメントである事に疑いはないでしょう。
マイディーさんの功績を称えて、とかそういった気の持ち方も分からなくはないですが、上記の言葉に倣うならば、
マイディーさんを中心に紡がれた、FF14をはじめとした
オンラインゲームを取り巻く縁こそが、何よりも価値ある「功績の証」だと考えます。
だとしたらユーザーに出来る最善は、モノを作る事ではなく、
「マイディーさんの愛したFF14を、氏の分も含めて愛してあげる事」ではないでしょうか。