冒険で疲れきった身体に最後のひと踏ん張り、私は宿屋の戸を開ける。
木製の簡素なカウンター越しから、女店主が声をかける。
「いらっしゃい、今ハチミツ酒でも持ってこさせるから、そこの椅子にでも腰掛けてね」
暖かな焚き火の四方を囲む木製の長椅子。そこに私はぐったりと腰掛ける。
すると、給仕が私の側にやってきて「何か飲むかい?」と尋ねてくる。
私は「チーズとハチミツ酒を頼む」と給仕に告げ、ゆらゆらと揺らめく焚き火の炎をじっと見つめていた。
重厚な鎧に身を包んだ、逞しいひげを蓄えた男が、私の隣にすっと腰を降ろしつぶやく。
「この街の警備状況は最悪だ…ここの警備は何もわかっちゃいない…」とぼやいているが、
今しがたドラゴンとの一戦を繰り広げ、死線をさまよってきた身としては、言葉は言葉として理解できず、
川の流れに浮かぶ木の葉の様に、男の声は私の耳の間を通り抜けていった。
リュートを手にした吟遊詩人の男が「何か一曲歌いましょうか?」と尋ねる。
私は「赤のラグナルを頼む」というと詩人は「美しいが、血なまぐさいそんな物語だ。できるよ」と答え、
その凛とした声とリュートの音色が部屋の中に響き渡る。
さっきまでぶつぶつと街の不満をつぶやいていた男がすっくと立ち上がり、少し拍子外れの手拍子をうつ。
疲れた身体に流し込んだハチミツ酒が、思った以上に早く回ったか。
暖かなベットに身を横たえようと、私はカウンター席に向かい、女主人に一泊の宿を申し入れる。
「確かに10ゴールド、受け取ったわ。じゃあこちらにどうぞ」
女主人が私を二階にある一室に案内をしてくれた…。