書きたいことは色々あれど、個人的に一番気になっているのはこれからの同行者。
またいつもの(暁)メンバーと行動を共にするとなると、流石に飽きたしうんざりしてくる。
ウクラマト、コーナ、バクージャジャなんて贅沢は言わない。
そのへんのマムージャでも鳥が凍ってた所に住んでる巨人でもバヌバヌモドキでもアルパカでも良いから全く違うメンバーと旅がしたい。
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書きたいことは色々あれど、個人的に一番気になっているのはこれからの同行者。
またいつもの(暁)メンバーと行動を共にするとなると、流石に飽きたしうんざりしてくる。
ウクラマト、コーナ、バクージャジャなんて贅沢は言わない。
そのへんのマムージャでも鳥が凍ってた所に住んでる巨人でもバヌバヌモドキでもアルパカでも良いから全く違うメンバーと旅がしたい。
一つ思い当たったので一言
今回のエスティニアンの行動こそ我々が求めていた冒険者の夏休みの理想だったのでは。と
ストーリー面で気になったところは他の方々が書いていますので、他の部分での「うーん」となったところを。
マムージャ族の区別が付きづらかったです。
ブネワ族、フビゴ族、ドプロ族。
特にモブの見分けが全く付かずに、「この人さっき別の場所にいなかった!?」等の混乱があったりしました。
それによってゾラージャの特異性が目立たなかった事。
青い鱗のフビゴ族はゾラージャだけというのに、青い鱗を持つマムージャ自体はまぁまぁ見る上に、先述の通りマムージャ族の区別が付いていなかったせいでゾラージャの特異性があまり目立っていなかった印象です。
ゾラージャと同じ色の鱗がいないくらいにした方が良かったのでは……と思ってしまいました。
名前も似た響きが多く覚えきれず、「あの王様の……」とか「あの悪役の……」とか読んでいました。
慣れの問題と言えばそうなのですが、逆に言えば慣れるまでストーリーの色んなところで考えたり思い出したりしないといけない事が多く、没入感の阻害に一役買っていた気がします。
メインストーリーだけでいうとリンドブルムが敵国で世界を終わらせた国になってるのが悲しかったですね〜
FF9やった人はアレクサンドリアよりも好きって人いておかしくない国ですもんねえあそこ
ずいぶんとLGBTに配慮したといえば聞こえはいいですが獣人に姫ポジはしんどい。
あれは脇役でこそ存在感あるタイプで、テスリーンみたいなこれぞ姫ってカリスマ性と比べるとな。。。
主にキャラクターについて気になり考えをまとめた上でフォーラムであまり見かけないなと思ったものを、個人の感想ではありますが改めて投稿させていただきます。
黄金郷については他の方が指摘されてる通りエメトセルクの目が節穴だった時点でがっかりモノであり、更には聡明な(とされる)理王とシャーレアンにその名が轟く(はずの)ガラフさんまで巻き添えを食らっているように見えます。
謎の男女が子供を託して去っていったなら、むしろ扉の先は荒れ果てた死の世界、なんて可能性もあの段階では十分あったはず。いくら伝承があろうと、状況を無視して「門が金ピカなら向こう側も金ピカなのでは?ここは黄金郷の入り口なんだ!」なんて結論に飛び付くのはそのへんの山賊がやることです。試練の際には王子たちにあらぬ皮算用をさせてしまってますし、『黄金郷』という言葉は作中でもメタ的にも誤解ばかり生んでいるように思えてなりません。
仮に今後「エメトセルクが見たのは別物でした」等とされても、じゃあ今回のストーリー半分くらい詐欺じゃん!となるだけなのは、本当に根深いところに問題が刺さってしまったなと。
また、リビングメモリーの遊園地ゾーンですが、遊びまわる子供たちが何の前触れもなく消し去られていくのは非の打ちどころのない邪悪の所業であり、にも関わらず(これはリビングメモリー全体がそうですが)その業を感じさせるような描写はあまりにもサラッと流されほぼほぼ皆無。
むしろプレイヤーへ負担を掛けないよう努めた結果なのか、サブクエでは「ここでよく皆とかくれんぼをしたなあ」などという廃村のおばあちゃんみたいなメンタルをした女の子が配置され……いや待って君ら絶対明日の約束とかあったでしょ。なんでそんな平然としてるの。
というかそもそも子供の永久人って一体何なんですかね。病気してたとか事故ったとかそういうことではなく。
子供メンタル固定で遊びと祭りを楽しんでたなら「なんで今消したんだよ!」と言ってこないのは大人たち以上に不自然極まりないですし、逆に延々子供ロールし続けてる存在だとすると今度はだいぶ斜め上方向におぞましい空間ですし、全体がふわっとしたまま踏み込むべきところに全く踏み込めていないような印象を受けました。
などと考えを巡らせると、記憶が巻き戻りいるはずのないウクラマトを探し続けていたナミーカの言動にも疑問符が付いてきます。入口で新しい永久人だね!と案内された上で、皆永久人としての自覚を持って続きを生きている姿(特にクルルの両親)を見ると、どうにも「イベントの都合」という言葉が頭をちらついてしようがありません。
最後に、個人的に今回のストーリーで最も心に残ってしまった点を一つ。
一国の主が相手国の宗主の面前で「お前の国の文化は許容できない。頭ごなしに否定はしないが」と宣い、わずか二行で矛盾の体現者と化した場面。
あのワンシーンは、ああ今まで横にいたコイツは作中世界で生きてるキャラじゃなかったんだ、台本通りに「知りてえ」という音を発する物体でしかなかったんだな、と思わせるのに十分過ぎました。
叶うならば、彼女に限らずもっとキャラクターという存在を丁寧に扱って欲しかったな、と……。
やっとメインストーリーをクリア。
基本的に興味深く面白く旅ができました。
どの風景も文化もすごく良い!特にトライヨラの宿屋は長期滞在中です。
本当にありがとうございます。
ただ、困惑したり不快だったところもあり…。こちらに記載します。
(長くなったのでたたみます。)
困惑したところ
・特に前半は自分のキャラがシナリオの命ずるままに演技している感がすごかった。
そのため、うちの子と自分の乖離がすごかった。
→なんでかなぁとずっと考えつつこちらのスレッドを読んでいて、あ!ムービーが多いからだ!と気づきました。
ムービーは綺麗で好きなのですが、むやみに増やしてしまうとこうなるのですねぇ。
・ウクラマトとそんなに親しくなった記憶がないのに、相手は「愛称で呼んでくれ」とか「重要な役職を任せたい!(と兄を使者?にたてて打診する)」とか「家族になりたい」とか言ってきて、困惑というかはぁ?と思った。うちの子は知らぬ間に親しくなっていたらしい。
→設定とかシナリオ担当の方の中ではこういう過程で親しくなったというイメージがあるのでしょう。しかし、形にして見せていただかないと解りにくいです。
「うちの王子もなかなかなもんだろう?」と自慢するサンクレッドが羨ましくて仕方なかったです。私も自慢仕返したかったですよ。
ウクラマトとの絆をいかにして築いたのかは全編通して大切なところなので、丁寧に描いてほしかったです。クエストの班分けで一緒になって一緒にいる時間が長くても、中身が伴っていなければ親しくなった実感はわかないんですよね。
いくつかの胸が温かくなる素敵なエピソードが必要だったと思います。エピソードが入ることで、ウクラマトサイドの暁メンバーとウクラマトがどのようにして親しくなりあれほどの信頼を得たのかも理解できたかもと思います。
・ウクラマトの家族について掘り下げが浅すぎて、なんとも感情移入しにくく困惑した。
特にゾラージャについて、ウクラマトは「家族じゃないか!」という割に昔はこんなことがあって~とか語ることもしなかった。本当にゾラージャを家族の一員と思っていたのだろうか?ゾラージャのことほとんどわからないまま倒しちゃったけど…(困惑)
→ゾラージャが自分のことを語らない性格なのは理解しています。
ただ、父グルージャジャ・コーナ・ウクラマトの視点から家族として語らせ、トラル勇連隊の部下や侍従?視点からどう見えたかを語らせることで、ヒカセンに少しでもゾラージャ
の姿を見せることはできたのではないでしょうか?というか、秘話とかではなくて本編中に見せてほしかったです。
すでにほかの方が言及されていますが、今回は7.0に詰め込みすぎて描かないといけないところがおざなりになってしまった気がしています。
せっかく面白い話なのにもったいなかったです。
あえて言うと、スフェーンと深く関わるのは7.ⅹ以降とし7.0はゾラージャ討滅戦で終わる位でよかったのではないかなぁ。(アルカディアのストーリー上難しかったかな?)
できれば、エレンヴィルの故郷が変容する前に一度訪ねて、そこに在った営みを知っておいた方がエレンヴィルの痛みにもっともっと共感できただろうし、自分自身の痛みとして強く刻まれたと思います。
不快だったところ
・FF9をこのような使い方をしたところ
→他の方も言及されていますが、原作のイメージを悪い意味で壊されてしまいました。
ストーリー上にスフェーンや鏡像世界の国が必要でもアレクサンドリアである必要はなかったし、リンドブルムに鏡像世界を破滅させる必要はなかったと思います。
命に対する考え方も言葉上は似せていても全く違うものでした。
ここに乗せるのもつらくなるあの名言をあのように使われたのをみて、怒っていますしとても苦い思いでいっぱいです。
FF14はこれまでもFFの過去作を幾度か取り入れたことがありますが、原作のイメージをとても大切に慎重に宝物のように扱われていたように思います。
今回はどうでしょうか?プレイした人にとって大切な大切な宝物ですよ。
いろいろ書きましたが、最後にもう一度感謝を。
いろんな面で大変でもありましたが、好奇心が満たされる夏休みでした。
こちらのスレッドを読ませていただいて、うーんと悩んで自分なりに解釈してみました。見当違いでしたらすみません。
バクージャジャの処遇について
最終的に天深きセノーテの護り手となりましたが、これはウクラマトの甘さというよりもコーナの判断だろうと考えます。そして私も妥当だなと思いました。
まず、バクージャジャの罪はどのようなものがあるか?
1.ヴァリガルマンダの封印を意図的に破った。
とんでもないことをしていて一歩間違えば大惨事になっていた。大惨事になっていたら、当然失格していたし厳罰になっていたはず。被害者からも相当恨まれたことでしょう。
しかし、実際には他の候補者達が無事に倒したため実は被害は最小で済んでいる。しかもヴァリガルマンダの封印はもって数年の状態だったので、結果的に一番戦力が整ってるベストタイミングで解放したことになってしまった。ヨカフイ族の祭司長がこの時点で失格としなかったのはこの辺を考慮してなのかなと推察しましたが、罪はあるが厳罰とするかは本当に微妙なところだと考えました。
2.王位継承レースの最中に競争相手やその関係者へえげつない妨害をしているが妨害してはいけないルールはないし、全く無関係な民衆には手を出していないので腹は立つがこの件では厳罰になるような罪はない。(ウクラマトやその実の父を誘拐拉致し脅迫したのは、妨害の一環と考える)
罪を問えるとしたら1についてだと思います。
次に、心を入れ替えた後のバクージャジャは「トライヨラが襲撃された際に最前線で体を張って兵士と民衆を守った」という功績をあげています。
当然兵士と民衆からは感謝されているし、そもそもマムージャ族は基本的に双頭になにかしらの思い入れがある人が多い。
ここであまり厳しい処分をすると反発を招くし、即位間もなくしかも襲撃まで起こった直後なので回避したい。
そして、天深きセノーテは重要な場所なので、強力な護り手を常時置きたい。
バクージャジャは戦闘力もずば抜けているし、マムーク在住の人は族長以上に双頭であるバクージャジャへの敬意が強いので(いろんな意味で)もしもの時に対応しやすいので適任。
もし、ヴァリガルマンダの件でバクージャジャの罪を問うものが現れたり、ヨカフイ族が罰を求めてきたとしても、この処遇だと「継承候補者だったのにずいぶん格落ちさせた。マムーク付近はマムージャ族も実に住みにくいところな上に彼が嫌いそうな地味で地道な仕事に従事させている。これが処罰だ。」と言い切ってしまうこともできる。
こんなことを考えた末、エンディングでの処遇になったのではないかと思いました。処罰はしないで功績と相殺し、しっかり働いてもらうということですね。
そしてエンディングでの様子を見る限りバクージャジャ自身もそれを望んでるようでした。天深きセノーテは彼にとっても大切な場所ですしね。
コーナもトライヨラが危ないときに一緒に戦ってくれたバクージャジャへの気持ちが少し変わってきたのではないでしょうか。でも理王なので感情だけで決めてはいないだろうなと勝手にやや妄想ぎみにいろいろ考えてみました。
エメトセルクの目ははたして節穴だったのか?
クルルさんの両親が扉をつないだ20年前は、彼はガレマール帝国の皇帝として励んでいたため、忙しくて気づく暇がなかったんじゃないか?と。実は真面目ですからね。
彼が「驚くべき文明」を見たときは、まだ世界をつなぐ技術が確立されていなかったのではないか?魂を資源とみて活用する文明は冥王であったエメトセルクから見ても「驚くべき文明」だったのでそのこと言っていたのではないかと解釈しました。
余談ですが、ラハブレアとかエリディブスはどうだったんでしょう。
ラハブレアは知っていて時期がくるまで黙ってたとかありそうです。
今回名前だけ出てきたブリザベーションはアシエンとつながってる(てた)可能性はあるかもで、今後を楽しみにしています。
いつもFF14を楽しく遊ばせて頂いています。
初投稿の為、不手際あれば申し訳ございません。
先日、黄金のメインストーリーをクリアしました。
風景もBGMもすばらしく、どのフィールドもじっくり歩いて堪能させて頂きました。
ですがどうしても納得できないことがあり、あまり他に同じような意見も見受けられませんでしたので、思い切ってこの度初投稿させて頂きます。
なぜリビング・メモリーの住民までモンスターに襲われるクエストを用意する必要があったのでしょうか?
リビング・メモリーにモンスターがいる理由はNPCが説明してくれましたので、プレイヤーのみ攻撃されるのであればまだモヤモヤとした気持ちも飲み込めました。
ですがなぜ住民までモンスターに襲われるクエストを用意する必要があるのですか?
あそこはスフェーンが何よりも守ろうとしている家族のいる場所。
幸せな記憶をいつまでも繰り返す穏やかな場所として、ストーリーでは描かれていたはずです。
なのに生前叶わなかったプロポーズを決心し、これから幸せなひと時を過ごすべき住民が、突然モンスターに襲われている。
エネルギーさえあれば記憶から何度でも再現可能とはいえ、家族がモンスターに襲われるのを放置できるようなスフェーンでしょうか?
そのようなキャラクターとして描かれていたとは思えませんでした。
それともスフェーンはシステムなのでどうすることも出来なかったという歪さを表現したのでしょうか?
であれば、リビング・メモリーはなんとも酷い場所です。
幸せな記憶はいつモンスターに邪魔されるとも知れず、襲われてエーテルが霧散してもまた再生され、同じことを延々と繰り返す。
こんな場所をスフェーンは必死に守っているのかと、あまりに悲しくなりました。
しかしそれよりも私が感じたのは、ただただ通常フィールド相当のエリアだからこれまで通りモンスターが配置された。
そのために取って付けた様な説明をNPCにさせ、クエストを用意した。そう強く感じました。
これはストーリーへの没入感を損なわせるものに思います。
しかも最終エリアという大変盛り上がる場面で、です。
あのクエストはどうしても無ければならないものだったのでしょうか?
またリビング・メモリーはとても美しく作成されたエリアだと思います。
その光景をプレイヤーの手で不可逆的に失わせる試みを今回はされています。
シャットダウンする前に、この美しい光景を惜しんで隅々まで見て堪能して欲しい。
開発の方々はそうは思わなかったのでしょうか?
ですが現実は、プレイヤーはアクティブ・モンスターから逃げ回らなければ落ち着いて見ることが出来ません。
あまりにも勿体ないです。
せめてモンスターは全て非アクティブとして配置する。
住民はモンスターを認識していないものにする。
という設定の決断はできなかったのでしょうか?
他の方の感想にも見受けられますが、今作はどうも開発側の「フォーマット化された縛りやノルマ」が透けて見え、それがゲーム体験を阻害しているように感じられます。
シナリオやキャラクター描写の不足についても、おおむね他の方々と同意見です。
それが本当に勿体なかったです。
長くなってしまいましたが最後に。これからもFF14での最高のゲーム体験を期待しております。
今、複数のサブキャラのストーリーを勧めながらストーリーを振り返っています。
アルフィノ
「あれほどの脅威が鏡像世界に存在していたなんて
エメトセルクはこれを認識した上で、
「見ておけ」と言ったのか?」
ヤ・シュトラ
「それにしても・・・「世界を繋ぐ力」ですって?
私には、そんな都合のいい代物には視えなかったけれど。」
これを確認できました。
暁の数人は問題点を理解しており、個人的に大満足です。
ストーリーで話題に上がらないのがアレですが。
※付け足し
上記のセリフがある以上、後日談でフォーカスされるだろうなと予測しています。
ただ、このセリフはゾラージャ戦後に話しかけないと聞けないセリフなんですね。(コンサポ限定だったかも?)
このセリフがあるか無いかでガラっと変わると思います。