私はララフェル族が画角にいると100点/秒入れてしまうチョロい人間なので
トレノに入ってからは画面見ているだけで楽しくなってしまいあてにならない状態なんですが
7.4自体はメインクエストとして黄金入ってから一番真っ当だったと思います
気になった細かい点
ヤ・シュトラがわざわざスフェーンの体調への懸念を述べた上でそれぞれの行動を提案した所なんですが
体調が心配だから。というのは、気遣う台詞としてキャラクター性を出せる事は確かなんですが、気遣われる側の人間の前で言わせると気負わせる事に頓着のない、時に嫌味か皮肉にも見えてしまう場合があります
同行自体はそちらに興味があると片付けて、ヤ・シュトラがいなくなってからだったりヒントトークだったりでクルルさんに「こちらを気遣ってくれたのかも、あちらを心配しているのかも」と言わせるだけでは足りなかったんでしょうか
それで伝わるか不安ならスフェーンに「体調を心配してくれてたみたい」と話してもらってもよかったし、
ヤ・シュトラとスフェーンに会話を任せてそんなに心配しなくてもいいのにといった、いつかのイダ(リセ)に重なるような会話を置いて、そこに気遣いがありそれを気遣いと受け取れる関係である事を示してもよかった、なんか急に仲がいいですからねスフェーンとその周囲
冒頭ウクラマトに対して子供たちが武王様~!と駆け寄るシーンも彼女の人徳を表しているように見えますが、あれを7.0に入れられなかった事であの子供たちは「ウクラマト」ではなく「武王」という肩書きを見ているように思えます
あの子らにこそ7.0、トライヨラ到着後に登場してもらって、「ウクラマト」が好かれている事、争いを知る老人たちから消去法として推薦されている末姫ではない事を示した方がよかった
そうすれば今「武王」という肩書を持った後だとしても子供らは「ウクラマト」だからこうして話しかける事が出来るんだとすんなり受け入れられたと思います
私の言っている事自体は後出し奉行でもありますし、そんな一年以上先の事を考えて作っていないというのはそうなんですが、後から使える事なんか考えてなくても「ウクラマト様は親しみやすいのでこうして話しかけてしまうのです」と「ウクラマト様~!」のどっちがわかりやすく読み手にキャラクター性を伝えられるかという部分でなんで前者取っちゃったの?というのが黄金のレガシーは随所にありました、ここが特別こうという話ではありません
7.0はそうした、あった方がいいよねというキャラクター同士の関係性を描かないまま、親しみ合う関係を見せないまま親しげなやりとりだけが空虚に続くという荒い手触りで進行されていたので、それを思えば7.4はしっとりしている方なんですが、やはり気になりました
よかった所
どこを見てもララフェル族(ミララ族)が画面に居るという点を除いてのよかった所ですが
カットシーンにおいては先に感情を押し上げてくれるように描いてくれているようでとてもよかったです
わかりやすい所はやはり
咆哮→クルルさん危ない→無事、誰が?→はためく黒い何か→ヤ・シュトラ!!!!!
という、ベタベタのベタではあるんですが、誰かが来てくれたらしい安心→それが頼りになる人であるという確信までをスムーズに見せてくれた事でとてもアガりました
これはアルカディアヘビー級の、特に4層終わりのクライマックスもそうでしたが、7.4は先に感情を押し上げてくれるような演出を取ってくれたんだろうと感じるカットシーンが多く、とてもよかったです
これはもう相容れないなと思った所
光の戦士に対する光の戦士像の違い
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この冒険者はまぁ英雄をやるので見知らぬ土地に行く時は必ずなんらか使命を背負っているしそれが物語なんですが、それでも未知未踏の世界、出会いについてはいつも前向きだったと思います
漆黒で超える力に目覚めた二人を送り出す時に選択肢として出る「素晴らしい体験が待っているはずだ」の一文は、あの時点まででも散々な事の方が多かっただろうに、それでも旅に対しては前向きな思いを持つ冒険者としてのキャラクターが添えられていたと私は受け止めていました
ですが黄金7.4で「未踏の世界を旅する」という冒険者としての答えを告げる様子は楽しみなどなく、使命のように重苦しく、一切笑わない、聞いた相手の方が微笑ましい答えを聞いたように返してくれるだけでした
表情付けがそうであるからより深刻に受け止めている部分もありますが、FF14において、光の戦士というアバターからプレイヤーへ、自分たちの描く主人公がこう思っていると伝えたいという作り手の意図と演出はこれまでも表情として盛り込まれていましたので、7.4がこれまでより丁寧であったからこそそう思います
前述の通り、私はララフェル族が画面にいれば100点/秒の勢いで加算してしまうチョロユーザーですが、主人公として今まで受け止めていたものとの違いが浮き彫りになりました
禁術に手を出しがちな暁というか、危険を理解しながら選択肢を捨てず、使う事を躊躇せず、次元の壁も越えようとするヤ・シュトラには危うさを感じますし、この辺りコスモエクスプローラーもそうですが、それでも彼ら彼女らは好奇心を胸に、期待や希望を先に思うから進んでいるんだという、やきもきはすれど進む道をその先を見てみたいという気持ちになれます
同じように、どれだけ英雄をやっていようと旅自体は楽しいものと捉える冒険者であってくれる事が、私がその旅路を見ていられた私にとっての一番の理由なんですよ
黄金以後は冒険が楽しいものではなくなった英雄を冒険者に戻す物語、という可能性はあるんですが
それはゼノスが暁月ラストのタイマン一回でやり遂げた事なので、もう数年費やすはずもないでしょう
なので英雄は描かれても、私の好きな冒険者がメインクエストに戻ってくる事はない、というのが今回突き付けられた形になりました
これはもうしょうがない話です
7.4メインクエストに関しては大型拡張権利と月額料金を払った上で提供されるものとして整えられていたと思いますので、それが面白いと思ってくれる人達までまたきちんと届くようになればいいですね