本筋に関係ないながらもずっと思ってたんですけど
赤ちゃんのクルルさん、ララフェルの赤ちゃんにしてはでかい気がして……サイズの方は2歳と言われた方が納得なんですよね……
エレゼンみたいな例もあるし、エオルゼア人類って中学生くらいの年齢でも小学生か?ってサイズと顔立ちしてるので、ララフェルの成長も私たちがイメージするものとは違うんじゃないかな~と思ったり
台詞内の数字が違うだけの場面なら今になってサイレントで直されてたりしないんですかね どうかな
案外誤植扱いで不具合報告したら修正予定に入るかも
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本筋に関係ないながらもずっと思ってたんですけど
赤ちゃんのクルルさん、ララフェルの赤ちゃんにしてはでかい気がして……サイズの方は2歳と言われた方が納得なんですよね……
エレゼンみたいな例もあるし、エオルゼア人類って中学生くらいの年齢でも小学生か?ってサイズと顔立ちしてるので、ララフェルの成長も私たちがイメージするものとは違うんじゃないかな~と思ったり
台詞内の数字が違うだけの場面なら今になってサイレントで直されてたりしないんですかね どうかな
案外誤植扱いで不具合報告したら修正予定に入るかも
残念ながら、クルルとケテンラムが二人ともボイス付きで「20年前」と話しているので、修正するにしても全世界ボイスの撮りなおしでしょうね。
というより、あのときガラフはクルルの実年齢を両親から聞いたわけではないので「乳児を受け取った」→「22年が経った」で22歳ではないでしょうか。
もちろん「おくるみ」にさえ包まれていなければ「この子は2歳ぐらいかな?じゃあ2歳ということにしちゃえ」っていうのもありだと思うのですが、
全世界共通かどうかはわかりませんが、一般的に「赤ん坊をおくるみに包んでる」のは「生後数か月とプレイヤーに認識してもらうための描写」 だと思います。
修正があるとしたら黄金のセリフではなく、22歳という設定を20歳に変更するのかもしれませんね。
ミコトの年齢を29歳から24歳に変更したみたいに。(魔法大学は何歳で卒業だろう??)
(7.0の声録り時の出来事を勝手に想像)
クルル:「22年……経ちましたから……。」
よしだ:なんか語呂悪いなー、「20年」にしてみてもらえますか?
クルル:「20年……経ちましたから……。」
よしだ:おけ! こっちでいきましょう。
クルル:でも私22歳なんじゃなかったでしたっけ? あのとき2歳ってことになりますけど…
よしだ:「だいたい20年くらい」って意味で言ったことにします。
クルル:それはちょっと強引では…ほかのシーンでは「22年」と言ってますし。
よしだ:う~ん、じゃぁ全部「20年」に直して、どっかのタイミングでクルルさん20歳に訂正します。
クルル:やった!
ヤ・シュトラ:(やるわねクルル…!)
実の親の前ではハタチのままでいたかったのかもしれないクルルさん♪
意外と(?)レディの歳には必要以上に気を遣うケテンラムさん♪
パッチ7.1〜7.3までと黄金秘話①を読んだ感想です。
パッチ7.1開幕が特に顕著なのですが、怒涛の説明セリフ群で始まっていきなり物語の世界から弾き出されました。これは物語の世界に誘い込まれているというよりも「これはこういう設定なので!」と言われているようで興醒めしてしまいました。説明と物語は違います。物語はまるで自分がその世界に居るような気持ちになりますが(新生祭2025のストーリー、冒頭から話に惹き込まれる感じが良かったです!)、説明はその世界の外側に居るような気持ちになります。
さらにその説明(新たな固有名詞の登場もこれに含みます)が多く長くなると「これらを覚えておかなければならない」という気構えを読者に与えてしまいます。話が淡々として感情の起伏に乏しいと、読者が書き手の意図を何度も掬いに行く必要がでてきます。そんな話に付き合っていくならば自分自身を盛り上げなければなりません。当然読者は疲れます。良い物語は自分のこととして心に蓄積していきますが、心に蓄積しない説明ならばどんどんその説明は上滑りしていきます。こうやって読むのを辞める人は増えます。
説明が悪いことのように書いてしまっていますが、決して説明は悪いことではありません。物語の中で説明は必要ですが、大事なのはその割合です。黄金のストーリーは納得できる感情描写が薄いせいで、説明の割合が高くなってしまったのではないかと考えました。
今までのFF14のストーリーはどちらかというと人の心の割合のほうが高かったな、と私は感じております。物語の当事者として喜怒哀楽の思い出が多く驚きもたくさんありました。各拡張ごとに心に残った名台詞がありました。名台詞が生まれるのはキャラクターの感情が高濃度で詰まっているからだと思っています。ですが感情描写が少ないと、名台詞は茶化したネットミーム的なものに寄ってしまいがちです。物語の当事者として心打つセリフに出会いたいです。
なので、7.2の真スフェーンの「記憶は、キミの玩具じゃない!」から戦闘開始までの流れは好きでした。怒りと、大切な人への想いが伝わって「絶対に勝ってやる!」と思えました。
物語において想いが伝わるのはキャラクターの生まれや育ちからくる考えや生き方があって、そこから連なる感情の発露があるからだと思っています。(アサヒとヨツユはとても綺麗な花火だと思います)
ですが黄金のストーリーはその発露の爆発が小さかったり見当違いなところにあったりして自分にとっては気持ちよくなかったのです。
今回の黄金秘話①ですが、事象ベースで進めていってキャラクターの感情が設定資料に書かれてそうな感情らしい描写にとどまっているなと感じました。ゼレニアの怒りと悲しみとスフェーンへの敬愛が軸の話だと思いますが、それらの描写が非常に少ない。読んでみたいのはそこ(と、何があったのかという事実。それは描かれている)なのに、情景描写ばかりが押し寄せる。これは黄金のレガシーのメインストーリーでも感じられたものです。
私は7.0をプレイ中ずっと、「いつになったら面白くなるんだ!面白くなってくれ!」と願い祈りながらプレイしていました。プレイヤーとしての感情と作中登場人物との感情がシンクロしないからつまらないのです。どこまでいっても他人事だからです。自分に子供がいないのに子ども会のバスツアーの引率を受け持ったような気分でした。
なぜこんなに他人事で心が入り込めないのかと悩みましたが、これは物語ではなくて『行動記録+設定資料』なのではと思えば強引に納得できました。行動記録であればストーリーが盛り上がる必要がないからです。しかしこの納得は健全なものではありません。これはファイナルファンタジーですし、私はファイナルファンタジーをプレイして心躍る体験をしたいです。物語がプレイヤーの心に寄り添ってエンディングまで駆け抜けることをの喜びを、アーテリスを救った光の戦士は知っているのです。
7.3は道中に多数のなんでやねんが存在しましたが、「終われる形にまとめた人すごいな〜おつかれ〜」という印象が強かったです。
黄金秘話①でも7.0〜7.3でも気になったのは、物語のフォーカスが変な所にあることです。絵で例えるなら、一般的にはテーマを作って全体像を大まかにラフを描いた後で見せたいところを目立つように書き込んでいくものなのに、どうでもいい草や石を描き込んでいる、みたいな…。(なんかグラアプデもこういうとこあるなと思ったりしています)
みんなが見たい所以外をコツコツ描き込んでいる。本筋と関係ない情景描写に気合が入っている・プレイヤーなら知ってることを改めてまた説明し直すのは読者としては良くない方向で焦れます。「字数が多いからすごい」とか「描き込み情報量が多いからすごい」ではなく、どういった読後感を持つのかにフォーカスしてもらえると嬉しいです。
(性的表現やゴア表現を交えて『こんな酷いことがあったけど、世界と人はこんなに強くて美しい』系の話にしようとするなら、なおさら感情描写から逃げるべきではありません)
私は自キャラを第一に、作中の人々や世界に愛着を積み重ねてきました。このゲームは愛着をもビジネスにしているのだと思っていました。それなのに今までの積み重ねを否定するような流れは悲しいし困惑します。
ですが新生祭2025の「……誰かが誰かを想って行動するとき、そこには物語が生まれる。」の一文を読んで、わかってくれているかもしれないという希望を持ちました。
我ながらチョロいですが、私はまだまだ暁のみんなや新たに出会うキャラクターと冒険していたいです。これからの運営開発を応援しております。
感想は割愛します。私がff14の顧客ではなくなったのかな…と感じる内容でした。
次のパッチのシナリオ内容が面白くなかったら辞めると思います。
蒼天からずっとやり続けているゲームなので頑張ってほしいです。。
英雄としてどうこうより暁のメンバーもう出さないで。1人で別の鏡像世界に行かせて欲しい。ヤ・シュトラの次元を越えるネタ、7.3でもあったけど何回擦るの。たまにはヒカセン1人で技術を持ち帰るじゃダメなの...?
キャラグッズも渋る運営が無理にこれからも暁を出さなくて良いよ。
黄金の後方腕組み全肯定イエスマンがダメだっただけで、個人的に英雄じゃなくて冒険者でいたいんだな〜
王になりたいと言って来て、自分の考えに合わない王の実子だけはよく知ろうともせずに跳ね飛ばして念願の王様になったんだから、ウクラマト様におかれましてはトラル大陸に留まり、民の笑顔を守るため、責任を持って王としての務めに専念して頂くことを心より祈っております。
特に7.0と7.1は、プレイヤーがその場面を見て、どう思うか・感じるかを意識して書いて頂ければ物語に没頭出来たかと思いますが、様々な事情があり、推敲にかける時間が充分に持てなかったのかなと推察します。
ここからが本題ですが、コスモエクスプローラーを始めてレポリットたちがまた活躍しているのを見て思ったんですが、そういえばメインシナリオに「マスコット的な、かわいい存在」が皆無でした。
新生はカーバンクル・トンベリ、蒼天のモーグリ、紅蓮のナマズオ・ウソウソ・アルファ、漆黒はドワーフ族、暁月はレポリットと言ったような存在が全くいません(ナナモ様も挙げたいところですが、蛮族と人外が多かったので控えます)。もしかしたらマムージャ族の子どもがその枠だったのかもしれませんが、子どものマムージャとして登場するグルージャが年齢の割に達観して大人びており、彼の物語における役割上、ステレオタイプ的な無邪気で天真爛漫な子どもらしさから遠いせいか、子マム自体が見た目からも中身からもかわいいと思ったことはありませんでした。
少し脱線しますが、彼は見た目から何歳かすらわからず、ヒトの年齢のどの辺りに相当するのか見当もつかず、漠然と子どものようだということ以外全くわかりません。子どもと言ってもヒトだと6歳と16歳だったらすごく差がありますよね。トカゲだからヒトと違って何年でどこまで成長するのかもわからないし、物語で触れられないので、推測して理解を深めようとも限界があります。こう言う面でも没入感が削がれましたね。
「かわいいかそうでないかと感じるのは、個人の主観に大きく左右されるもの」ですが、あったらいいなと思います。
外見はふわふわ・ぽよぽよ・小さい・かたちに丸みがある、性質的には明るい・無邪気・ひたむきである・愛嬌がある・憎めないと言ったところでしょうか。上に挙げた暁月までのキャラクターには、どれかひとつはその要素を持っているように思います。