それと、Mazikitiさんの「通用する数値」というのをぼくが気にしたせいか、
「通用するか否か」という観点で話が展開されてしまっているようですが、
それもズレているように思います。
デュンナはまあ「通用すればいい」のかもですが、イドリスはそんなんじゃないはずです。
イドリスがデュンナの倍ほども強いからこそ、それを目指して努力したりしてるわけです。
Mazikitiさんは「デュンナ程度で十分」なのかもですが、ぼくにしてみれば
「強いからこそのイドリス」なわけで、フォーカス・ランゴしなきゃいけないところで、
ランゴだけで済ませられちゃったりするのがイドリスなのだろうと。
これはたしかに感情論どころか、ぼくの価値観にすぎないわけですが、そうしたものを
Mazikitiさんはひっくり返そうとされてるわけです。どれほど「デュンナ程度で十分である」
と主張されても、それもまたMazikitiさんの価値観にすぎない、とも言えるわけです。
イドリスの強さ、「風水魔法+10」は開発さんが決めたものですが、
今となっては風水さんそれぞれの価値観によって解釈された「+10」が存在するということです。
つまり、「イドリスとして妥当であるか否か」という議論は、価値観がぶつかり合う場となり、
誰がどのような論陣を張ろうとも、合意形成はほぼ不可能に思えるということです。
したがって、「イドリスが強すぎる」ではなく「あの風水魔法が強すぎる」という議論に
置き換えたほうがいいのではないでしょうか。
このように思ったのは、Mazikitiさんによるスクリーンショットとその説明を見て、
「たしかにアトゥーン・ヴェックスはかなり強いのかもしれない」と思ったからです。
(あのスクリーンショットは、羅盤が途中で壊れているぽかったり、効果範囲に入ってない
フェイスがいるぽかったりで、よく分からない点もあるんですけどね)
「イドリスはデュンナ相当でいい」とか「イドリスとデュンナの差を縮めろ」となると、
猛烈な価値観の抵抗があるのですが、「エミネンベルでもこれほどの効果がある」と
言われると「そうなのか…」と普通に考え込んでしまいます。
現金というか愚かと言われればそれまでですが。
そうした議論の末に、もしも特定の魔法が弱体されることになり、
結果的に、Mazikitiさんの主張の通り「イドリスで現状のデュンナ相当の効果」となった
としても、それはその魔法が(猛烈に)強すぎたのだと納得できるのではないかと思います。
(イドリスとデュンナの差を埋める話とは異なる、ということです)
これもぼくの価値観からの主張にすぎないわけですが、「イドリスの弱体の是非」ではなく
「強すぎる風水魔法」について話し合うほうが、個人の価値観の影響は少なくなるのではないか
と思います。イドリスがどの程度であるべきかには触れず、デュンナとの差は維持したまま、
魔法の効果について論じればよいというスタンスです。これは「イドリスは強くあるべし」
というぼくの価値観から、そのような議論であってほしいというだけなので、
Mazikitiさんからすれば論外かもですが、ご一考くだされば幸いです。