全体を読ませていただきましたが、まず私はメナポの緩和は必須とまでは思っていません。
(どちらでもゲームを成り立たせるのは可能だと思っています)
特上寿司(メナポ)をお金を払う(メナスをする)以外で手に入れようとするのはMMOとしておかしいとおっしゃってましたので
既に欠片(皿洗い)という別ルートがありますよね?そういう設定があったらMMOじゃないですか?と聞きたかったのが大きいです。
更に、先行集団と同じリソースの消費を常に後続に求められる必要は絶対ではないと思っています。
事実、このゲームは前にも述べたとおり「ハイエンドコンテンツのままで緩和された」ということがあります。
レギオンしかり、新ナイズルしかり、レリックノックしかり、です。各々、報酬が最終候補アイテムのままで且つ
既に獲得者がそれなりにいたにも関わらずです。
こういう緩和があったことはMMOであることと矛盾いたしますでしょうか?
私は「今が丁度良いと思う、だから緩和は反対」には特に何も思いません。あって当然の意見と思います。
ですが、MMOなのだから先行者と同じリソースを常に後続にも求めなければならないから緩和には反対という理屈には反対いたします。
上記のような緩和が行われ、既取得者からは不満も出ましたが全体的には好印象として受け止められた過去もあるからです。
それでもってFF11はその上でMMOであるとも思っているからです。(MO要素が強くなってきていても)
また、MMOという言葉に拘るのも良いと思います。
ただし、MMOというものに各自が求めるもの(ニーズ)は時代や人ごとにはもちろん、同じ人でも環境や年齢によって変化していきます。
よってニーズによってお店が変わりますし、「どこまでが寿司屋か定食屋なのか」というものも変化するんです。
(他でも述べましたが、ほぼソロで完結できるDQ10もMMOですよね?)
ヒエラルキーの階層数、階層間の幅、それどころかゲームルールであっても多数(と運営が判断する)意見によって
定義としてのMMOによってではなく、皆がMMOに何を求めてるかを運営が判断し変化しえるゲームがこのゲームです。
逆に言うならば「そういう変化まであり得るゲーム」が嫌だったら「他を探してみればいかがですか?」になるかもしれません。
それを言うと議論にならないので言いませんが。
もちろん私も「自分が思うMMO」の楽しさを期待してプレイしています。
ですが、ハイエンドコンテンツの緩和があったらMMOじゃない、とは全く思いません。
そういうこともあり得るMMOだと思っています。
要するに「自分の思うMMO」を論拠に意見を否定するのは危険ではないですか?と言いたいという結論になります。