南サンドリア、レンブロア食料品店では、近くの主婦たちの集う夕方の混雑を終えて、
店員達も売り切った商品の補充や在庫の確認、翌日の発注分の準備に追われていた。
「フ~、サンドリア小麦の在庫は良し、、、お?、伯爵様、いらっしゃるのは今日か?、
店員A、この注文伝票の商品は揃ってるな?。」
店主のエレゼン、レンブロアが注文伝票の束から一枚抜き取り、古参の店員Aにかざす。
「はい?、ああ^^、いつもの伯爵様の御注文ですね。揃えて箱詰めしてあります^^。
あとは例のワインだけですが?。」
「そうか^^。倉庫から出しておいてくれ。もう、そろそろいらっしゃるはずだ^^。」
「了解です^^。店員B、ちょっと手伝って、昨日の荷物を倉庫から出すわよ^^。」
店員達が一階の倉庫から肉やチーズその他食料品の詰まった幾つもの箱や小型のワイン樽を
運び出す。その時、店の扉が独りでに開いた。倉庫の入り口から接客スマイルで振り返る店員B、
「いらっしゃいま・・・・?」
だが、開いた扉の向こうには誰もいなかった。「アラ?。」思わず首を傾げる店員B。
閉めようと扉に一歩近づいた時、ゴオッという音と共に一陣に旋風が店内を吹き荒れた。
「キャッ!」思わず両手で顔を庇う店員B、風は一瞬で駆け抜け、恐る恐る目を開けた
店員Bの前に、いつの間にか、1人の紳士が立っていた。
これから舞踏会に行くような夜会服を身の纏い、背には煌びやかで一目で上等と判るマント、
おもむろに被っていた羽付の優雅なつば広帽子を取ると、50代とおぼしき壮年男性の顔が
現れた。キチンと撫で付けられた髪、整えられた顎鬚が似合う、なかなかにダンディな面構え、
それだけで城に飾られる一服の絵画になりそうな見事な有り様であった。
「やあ、お嬢さん、良い夜だね^^。」
「あ・・・はい(●^o^●)。」
いきなり目の前に現れたチョイ悪風イケメン紳士に思わずボ~となる店員B、そこへ、
オーナーのレンブロアが慌ててカウンターを出て、出迎える。
「これはこれは伯爵様^^、ようこそお越しを!、お待ちしておりました^^。」
「おお、ご店主、注文の品は揃っておるかな?^^。」
帽子とマントを店員Bに渡しつつ、伯爵様と呼ばれた中年紳士がレンブロアに、
にこやかに尋ねる。
「はい!、もちろんでございます^^。今運び出しているのが伯爵様のご注文の品で。」
「おお^^、さすが、サンドリア一の商売人レンブロア商店、仕事が速いな^^。」
「恐れ入ります^^。もう出し終わりますので、いま少しお待ちを^^。あと、、、
一つお試しいただきたい品がございまして^^。」
「ほう?、レンブロア殿お勧め品か?。楽しみな事だ^^。」
「ただいま、ご用意いたします^^。どうぞ、こちらへ^^。」
伯爵を奥のカウンターテーブルへ案内する店主、そこへ店員Aが店の奥から一本のワインと
冷やしたグラスをトレイに載せて持ってくる。店主自らグラスに半分ほど注ぎ、伯爵に手渡す。
グラスを受け取った伯爵、まず明かりにかざして色あいを確認、そしてグラスの中の白ワインを
クルリと回して香りを確かめ、おもむろに一口含む。
「ふむ、、アップルワインか、新鮮なフルーティーな香り、適度な酸味と甘み、若い酒だが、
なかなか味わい深い!^^。」
「はい、去年はりんごの当たり年で、かなりの農家が自家製ワインも作りました。その内、
良い出来のもののみを厳選して仕入れました^^。
普段お召し上がりの年代物とは、比べられませんが、食前酒等にいかがかと?^^。」
「うむ、なかなか悪くない^^。5ケースほど追加で貰おうかの^^。、、、ときに、
先程から香る、この良いにおいは?^^。」
「ありがとうございます^^。おお!、これはヒーサちゃんですな^^。冒険から昨日戻りまして、
良い食材も見つけてきたらしく、明日、久々に”美味すぎるヒーサ亭”を開けるそうでして、
今仕込みの真っ最中かと^^。お~い!、ヒーサちゃん!、懐かしい方が、お見えだよ!^^」
階上に向かって店主が叫ぶと、階段の踊場にヒョコっと顔を出すタルタルの少女。
「おお^^、ヴュリトラ叔父ちゃん、いらっしゃい!((ヾ(o´▽`o)ノ))デス~。」
「久しぶりじゃな、ヒーサちゃん^^、相変わらず元気そうで何より^^。」
タルタルの白魔道士ヒーサは、不定期だが”美味すぎるヒーサ亭”というテイクアウト専門の
レストランをレンブロア食料品店の2階を間借りして開店する。冒険先で見つけてきた美味しい
食材をベースにオリジナルのレシピで作る料理は近所で評判で、売り切れ御免なので、開店当日は
近くの主婦や常連(某謎の傭兵王子様も常連の一人)が列を作り、ちょっとしたお祭り騒ぎとなる。
「ちょうど、新作の大羊の煮込み入りパイが焼きあがる所デス^^。お味見どデスか?^^。」
「おお^^、新作とな!、それはありがたい^^、ぜひともいただこう^^。」
「アイアイ~^^。少しお待ちを~デス^^。」
まもなく円形に焼き上げられた直径20cmほどのパイが、伯爵の前に出される。パリパリと音を立て
オーブンから取り出されたばかりと判る。辺りにバターと香辛料の香ばしい香りが広がり、食欲を
そそられる。
「どぞ~デス^^。」
「うむ^^、これは美味そうな匂いだ!、いただこう^^。」
添えられたナイフで切れ目を入れると、トロリとしたブラウンのソースの中から、大振りの羊肉が転がり
出て、にんじんやキノコが続く。よく焼けたパイ皮と共に肉をほうばる伯爵様、ゆっくりと味わうように
咀嚼、ごくりと飲み込んで、先程のワインを一口、その顔に満面の笑みが浮かぶ。
「おお、この肉のとろける柔らかさ、香辛料の使い方が素晴らしい!、あの大羊の硬い肉を、良くここまで
仕上げたものだ^^、濃い目の味付けに、このワインが又抜群に合う^^。ヒーサちゃんや、さすがだ!」
「おお~、ありがとうデス^^、ヴュリトラ叔父ちゃんのお眼鏡に適ったのなら明日も満員御礼かも^^。」
「うむ、仕込み途中で悪いが、大至急20ホール程頼めるかな?、ぜひとも持ち帰りたい^^。」
「アイアイ~^^、毎度ありがとうございますデス^^、すぐ焼き上げるので、飲みながら待ってて
くださいデス^^」
ヒーサは、物欲しそうに伯爵の手元を見つめていた店主のレンブロアにも一皿出して、2階の厨房に駆け戻る。
伯爵様と店主がパイを肴に、ワインを一瓶空けた所で、ようやく20ホールのパイが焼きあがり、すべての荷物が
揃った。荷車一台分にもなりそうな荷物の山の前で、
「ご店主、世話になった^^、次回の注文は又蝙蝠便で届けさせるので、よろしく頼む^^。」
そう言って、皮製の小袋をレンブロアに渡す伯爵様、掌で押し頂くレンブロア、小袋は中身の金貨と宝石で、
ズシリと重い。
「はは!、お待ち申し上げております^^。又御贔屓に^^。」
「ヒーサちゃんや、近い内にニドヘグの奴が山の温泉にリューマチの湯治に来るそうなので、良ければ会いに来てやっておくれ^^。」
「おお^^、ニドヘグじじさま、動けるようになったデスか?、良かったデス^^、お弁当いっぱい作って持って
いくデス^^。あと、温泉でお背中流してあげるデス^^。」
「はっはっは^^、それは、ニドヘグも喜ぶだろう^^。では、、皆のもの世話になった!、さらばだ!^^。」
伯爵の豪華なマントが翻り、小山のような荷物を被い尽くすと共に一陣の旋風が巻き起こり、入り口の扉を押し開ける。
旋風は一瞬で過ぎ去り、町の上空を巨大なものが飛び去る気配があった。
「店長・・・・あの方って・・・(@_@);」
呆然と見送る店員B、もう慣れた様子でさっさと仕事に戻る先輩店員A、店員Bの呟きに振り向くレンブロア、
「ああ?、そういえば前回は仕入れでいなかったから、お会いするのは初めてだったか?、あの方は、、、」
内緒話をするように店員Bの耳元に口を寄せる店主、
「、、、王墓ランペールの主、黒龍侯、ヴュリトラ伯爵様だ、、、」
「ええっ~~~?(@_@);」
目を丸くする店員B、畳み掛けるようにレンブロアが、
「古代龍族(エンシェントドラゴン)で人間より遥かに賢く、龍魔法で姿も自由自在、そして、、、金払いも、
そこらのへっぽこ貴族様より剛毅だ!。うちの大事な上得意様だから粗相の無い様にな^^。」
「わ、わかりました^^;、しかし、、なぜ伯爵様なので?」
「、、、私も詳しくは知らんが、何代か前のサンドリアの姫君をお助けして、爵位を授与されたそうだ^^。」
「、、、そういえば数百歳?なんですね^^;、凄い(@_@);。」
「ご機嫌を損ねると、、、ワインの肴として君が皿に並ぶ事になるかもな(ーー);。」
「そんな~、(*_*;」
「わはははっ、冗談だ!、あの通り、中身はそこらの貴族様より余程貴族としての矜持と誇りがある方だ^^。
それにヒーサちゃんのお友達だからな^^。心配はいらん^^。先程判ったと思うが審美眼も味覚も超一流だ!、
当店の信用に掛けて、うっかりした品物は納品できん。王城御用達並に品物には気を配るようにな?^^。」
「はい!、了解しました!。」
ビシッとサンドリア式敬礼をする店員B、サンドリア七不思議の一つ、月に一度、闇夜に巨大な何かがサンドリア上空を行き来するというのの、これが真相であった。